第36帖 柏木 / 第9場面
夕霧への告白
あらすじ・人物・読み方
若君誕生の祝いに参じた夕霧は、病床の柏木に招き入れられ、久しく親しく交わってきた友の衰弱した姿に涙する。柏木は、六条院の源氏に許されぬ思いを抱いて病みついた経緯を打ち明け、死後にも源氏の勘気が解けるよう取りなしてほしいと夕霧に託す。
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現代語で読む
大将の君〔夕霧〕は、常にとても深く〔柏木を〕思い嘆いて、お見舞い申し上げていらっしゃる。〔若君誕生の〕お喜びの折にもまず参上なさった。〔柏木の〕いらっしゃる対屋のあたり、こちら側の御門は、馬や車が立て込み、人々が騒がしく騒ぎ満ちている。年が改まってからは、起き上がることもほとんどなさらないので、重々しいご様子では、乱れた姿のままではお会いできず、思いながら弱ってしまったことだと、〔柏木は〕思うと残念なので、
「やはり、こちらへお入りください。みっともない様子でいる失礼は、自然とお許しいただけるでしょう」
と言って、臥せっていらっしゃる枕元の方に、僧などをしばらく退出させて、〔夕霧を〕お入れ申し上げなさる。
幼い頃から、少しも隔てなく親しく交わっていらっしゃるご関係なので、別れることの悲しく恋しい嘆きは、親兄弟の思いにも劣らない。今日は喜びの日なので、〔柏木の〕ご気分もよさそうであろうと思ったのに、とても残念で、甲斐がない。
「どうしてこんなに頼りなくおなりになってしまったのですか。今日は、このようなお喜びに、少しはお丈夫になられたかと思っておりましたのに」
と言って、几帳の端を引き上げなさると、
「とても情けなく、その人でもなくなってしまっておりますよ」
と言って、烏帽子だけを〔几帳の中に〕押し入れて、少し起き上がろうとなさるが、とても苦しそうである。白い衣類の、優しく柔らかなものをたくさん重ねて、衾を引きかけて臥せっていらっしゃる。お座所のあたりは清らかに、気配は香り高く、奥ゆかしく住まいを整えていらっしゃる。
くつろぎながらも、配慮があると見える。重く病んだ人は、自然と髪や髭も乱れ、不快な気配も加わるものだが、〔柏木は〕痩せ衰えているだけに、いっそう白く上品な様子で、枕を立てかけて、ものを申し上げる気配は、とても弱々しく、息も絶え絶えで、痛ましい。
「長く患っていらっしゃるわりに、特にひどくお損なわれになってはいらっしゃいませんでした。普段のお顔立ちよりも、かえってまさってお見えになります」
とおっしゃりながらも、涙を押し拭って、
「遅れ先立つ隔てなくと、お約束申し上げたではありませんか。ひどいことでもあるなあ。このご体調の様子が、何事で重くなられたのかさえ、聞き分けることができません。こんなに親しい間柄ながら、〔事情が分からず〕心配なばかりです」
などとおっしゃると、
「心の中では、〔病が〕重くなる境目も覚えがございません。特にここが苦しいということもなく、急にこんなふうになるとは思ってもいなかったうちに、日も経たず弱ってしまいましたので、今は正気も失せたような有様です。
惜しくもない身を、さまざまに引き留められる祈りや願などの力でしょうか、さすがに〔この世に〕関わり続けるのも、かえって苦しくございますので、心としては、急いで〔あの世へ〕立つ心地がいたします。
それにしても、この世の別れで、避けがたいことは、とても多くございます。親にもお仕えする途中で、今さらご心配をおかけし、君〔源氏〕にお仕えすることも半ばで、自分の身を振り返る面でも、ましてはかばかしくない恨みを残した全般の嘆きは、〔それはそれとして〕さておき。
また心の内に思い乱れることがございますのを、こんな臨終の際に、何で漏らすべきかと思いますが、やはり忍びがたいことを、誰に訴えましょうか。あれこれ多くの人がいますが、それぞれ事情があって、少しでも触れるのは、無益なことです。
六条院〔源氏〕に少し行き違いがあって、数か月、心の内で畏まり申し上げることがございましたのを、とても不本意で、世の中が心細く思われるようになって、病気になったと覚えがございますが、お召しがあって、院の御賀の楽所の試みの日に参上して、ご様子を賜ったところ、やはりお許しのないお気持ちがある様子に、目尻を拝見して、ますます世に長らえることも憚り多く思われるようになって、つまらなく思いましたところ、心が騒ぎ始めて、このように静まらなくなってしまったのです。
〔源氏は私を〕人数にはお入れにならなかったでしょうが、幼かった頃から、深くお頼り申し上げる心がございましたのを、どんな讒言などがあったのかと、これが、この世の憂いとして残るはずですので、言うまでもなくあの世の妨げにもなるかと思いますのを、機会がございましたら、お耳に留めて、よく〔源氏に〕お取りなし申し上げてください。
死んだ後にも、このお咎めが許されましたら、それがご恩徳というものでございましょう」
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。