第37帖 横笛 / 第3場面
若君と呉竹の歌
あらすじ・人物・読み方
源氏が女三の宮のもとで若君と過ごし、その際立った美しさを亡き柏木に重ねて見つめる。若君が筍を握る姿に、源氏は憂き節と子を掛けた歌を口ずさむ。若君の成長に、源氏は宿縁を思い直しながらも、過ぎた罪を許し難く思う。
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現代語で読む
今は、〔女三の宮は源氏に〕正面からお目にかかり申し上げなさらず、たいそう美しく愛らしいお額髪や、顔つきの可愛らしさは、まるで幼い子のようにお見えで、たいそういじらしい〔宮〕をお見申し上げるにつけては、「どうしてこんなことになったのだろう」と、〔源氏は〕罪を得そうにお思いにならずにはいられないので、御几帳だけを隔てて、またたいそうこの上なくよそよそしく、疎遠ではない程度に、〔源氏は宮に〕お相手申し上げていらっしゃった。
若君は、乳母のもとに寝ていらっしゃったが、起きて這い出ていらして、〔源氏の〕御袖を引いてまとわりつき申し上げなさる様子が、たいそう可愛らしい。
白い羅に、唐の小紋の紅梅色の御衣装の裾が、たいそう長くだらしなく引きずられて、御身はたいそうあらわで、後ろの限りに着せなさっている様子は、いつものことながら、たいそう愛らしく白くすらりとして、柳を削って作ったようである。
頭は露草でわざわざ色どりしたような心地がして、口もとは美しくつややかで、目もとはおっとりとして、恥ずかしくなるほど美しく薫っているなどは、やはり〔柏木に〕たいそうよく思い出されずにはいられないけれど、
「あの人〔柏木〕は、たいそうこのように際立った清らかさはなかったのに、どうしてこうなのだろう。母宮にもお似申し上げず、今から気高く重々しく、格別にお見えになる様子などは、私が鏡に映る姿にも似ていないこともない」と〔源氏は若君を〕お見なしになる。
〔若君は〕わずかに歩きなどなさるほどの〔年齢〕である。この筍の櫑子に、何とも知らずに近寄って、たいそうせわしなく取り散らかして、かじっては投げ捨てるなどなさるので、
「ああ、行儀が悪い。たいそう困ったことだ。あれを取り隠しなさい。食べ物に目をお留めになると、言い方の悪い女房が言い立てるといけない」と言って、〔源氏は〕お笑いになる。〔若君を〕掻き抱きなさって、
「この君の目もとはたいそう格別だなあ。小さい頃の幼児を、たくさん見ていないからだろうか、これくらいの頃は、ただ幼いものとばかり見ていたが、今からたいそう様子が違うのは、厄介なことだ。女宮がいらっしゃるような所に、このような人が生まれ出て、心苦しいことが、誰のためにもきっとあるだろうよ。ああ、その一人一人が育ってゆく行く末までは、見届けようとするのだろうか。花の盛りは、きっとあるだろうけれど」と、〔源氏は若君を〕じっと見つめ申し上げなさる。
「まあ、縁起でもないお言葉を」と、女房たちは申し上げる。
〔若君は〕御歯が生え出る〔ところ〕に噛み当てようとして、筍をしっかり握り持って、よだれをだらだらと垂らしてかじり濡らしなさるので、
「たいそうひねくれた色好みだな」と言って、つらい出来事も忘れられないでいるが、呉竹の子である筍のように、この子は捨て難いものである。と、〔源氏が若君を筍から〕引き離して、おっしゃりかけるけれど、〔若君は〕にこにこして、何とも思わず、たいそうそそくさと、這い下りて騒ぎなさる。
月日が経つにつれて、この君が美しく不吉なほどに成長なさるので、本当に、この憂い出来事は、皆お忘れになってしまいそうである。
「この人がお生まれになるはずの宿縁によって、あのような思いがけない事もあったのだろう。逃れ難い業であったのだ」と、〔源氏は〕少しはお思い直しになる。ご自身の御宿命も、やはり満足できないことが多かった。
「たくさん集まっていらっしゃる中でも、この宮〔女三の宮〕こそは、片寄った思いが混じらず、人の御様子も、思うに飽きることがないほどでいらっしゃるはずなのに、このように思いもよらない様子でお見申し上げること〔は〕」とお思いになるにつけて、過ぎ去った〔柏木の〕罪は許し難く、やはり残念であった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第37冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。