ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第38帖 鈴虫 / 第6場面

鈴虫の宴

あらすじ・人物・読み方

月が出て源氏が琴を掻き鳴らしていると、兵部卿宮や夕霧をはじめ人々が集まってくる。故権大納言を偲びながらの合奏が続き、源氏は今宵を鈴虫の宴として明かそうと言う。

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現代語で読む

月が出て、たいそう華やかな様子もしみじみと感じられるので、〔源氏は〕空を眺めて、世の中のさまざまにつけて、はかなく移り変わる有様も思い続けられて、いつもよりもしみじみとした音で〔琴を〕掻き鳴らしなさる。

今宵は、いつもの管弦の遊びだろうかと推し量って、兵部卿宮がお渡りになった。大将の君〔夕霧〕が、殿上人の然るべき者などを連れて参上なさったので、〔源氏が〕こちらにおられると、御琴の音を尋ねて、そのまま参上なさる。

「たいそう所在ないので、わざわざ遊びということでなくとも、久しく絶えてしまった珍しい楽の音など、聞きたいと思っていた独り琴を、たいそうよく尋ね当ててくださいましたね」

と言って、宮〔兵部卿宮〕も、こちらに御座を用意して〔源氏を〕お入れ申し上げなさる。内裏の御前では、今宵は月の宴があるはずだったのが、中止になって物足りなかったところ、この院〔六条院〕に人々が参上なさると聞き伝えて、あれこれの上達部なども参上なさった。〔人々は〕虫の音の優劣の判定をなさる。

御琴どもをそれぞれ掻き合わせて、面白いほどになったところで、

「月を見る宵は、いつでもしみじみと感じられない折はない中で、今宵の新鮮な月の色には、なるほどやはり、自分の世の外までも、万事思い流されてしまいます。故権大納言〔致仕の大臣〕は、どんな折々にも、亡くなったことにつけてますます偲ばれることが多く、公でも私でも、物事の折節の輝きが失せた心地がします。花鳥の色にも音にも、思いを弁え、言う甲斐のある方が、たいそうやかましいほどでしたのに」

などとおっしゃり出して、ご自分も掻き合わせなさる御琴の音にも、〔源氏は〕袖をお濡らしになった。御簾の内でも、耳を留めてお聞きだろうかと、一方のお心では思いながら、このような管弦の遊びの際には、まず恋しく、内裏〔での日々〕などにも思い出されたのであった。

「今宵は鈴虫の宴として明かしてしまおう」とお思いになっておっしゃる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第38冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。