第38帖 鈴虫 / 第5場面
十五夜の鈴虫の歌
あらすじ・人物・読み方
十五夜の夕暮れ、仏の御前で念誦する女三の宮のもとへ源氏が渡り、秋の虫の声について語り合う。宮が鈴虫の声に寄せて歌を口ずさむと、源氏は返歌を贈り、琴を弾いて聞かせる。
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現代語で読む
十五夜の夕暮れに、仏の御前に宮〔女三の宮〕がおられて、端近くで眺めながら念誦なさる。若い尼君たちが二、三人、花をお供えしようと鳴らす閼伽坏の音や、水の気配などが聞こえ、様子の変わった営みに急き立てるようにしているのが、たいそうしみじみと感じられる所へ、〔源氏が〕いつものようにお渡りになって、
「虫の音がたいそう盛んに乱れ聞こえる夕べだなあ」〔とおっしゃる〕。
と言って、〔源氏も〕ご自分もひそかに唱えなさる阿弥陀の大呪が、たいそう尊くかすかに聞こえる。なるほど、〔さまざまな虫の〕声々が聞こえる中に、鈴虫が鳴き出した様子が、華やかで趣がある。
「秋の虫の声は、どれとも決められない中で、松虫がすぐれていると言って、中宮〔秋好中宮〕が、遠い野辺を分け入って、たいそうわざわざ探し取っては放たせなさっている〔松虫〕が、はっきり鳴き広がっているのは少ないことです。〔松虫という〕名に反して、命のほどがはかない虫であるのでしょう。思いのままに、人の聞かない奥山や遠い野の松原で、声を惜しまないのも、たいそう隔て心のある虫でした。鈴虫は、気安く、今風であるのが可愛らしいのです」
などと〔源氏が〕おっしゃると、宮〔女三の宮〕は、何かにつけて秋を憂いものと知ってしまったけれども、捨て去りがたい鈴虫の声であることよ。とひそやかにおっしゃる。たいそう艶やかで、上品でおっとりしている。
「どういうことでしょうか。さあ、思いがけないお言葉です」と言って、心から草の宿りを厭うけれども、やはり鈴虫の声は捨て去ることができない。などと申し上げて、琴の御琴を召して、珍しくお弾きになる。宮は御数珠を繰るのを怠って、御琴にますます心をお入れになっている。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第38冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。