第39帖 夕霧 / 第11場面
三条殿の勘ぐり
あらすじ・人物・読み方
三条殿にいた夕霧は、今夜小野へ行けばいかにも行き慣れた様子と噂されると悩み、思いを重ねる。雲居雁は宮からの返事を夕霧の背後から奪い取り、夕霧が六条院の東の上の文だと偽っても疑いを晴らさず、隠された文を夜通し探し続ける。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
大将殿〔夕霧〕は、この昼ごろ、三条殿にいらっしゃったが、今夜ふたたび参上なさることについて、「今年も行き慣れた顔で、まだ早いうちから聞き苦しいだろう」などと心に念じて、かえって年来の心もとなさ以上に、幾重にも物思いを重ねて嘆いていらっしゃる。
北の方〔雲居雁〕は、このような〔夕霧の〕お出歩きの様子をほのかに聞いて、心が痛むと聞いていらっしゃったが、知らない様子で、君達と遊んで気を紛らわしながら、自分の昼の御座に臥していらっしゃった。
宵を過ぎるころに、このお返事を持って参ったのを、このように例にもない鳥の跡のような〔字である〕ので、すぐには読み解けなさらず、大殿油を近くに取り寄せてご覧になる。女君〔雲居雁〕は、物を隔てたような〔距離にいた〕けれども、とても早く見つけなさって、はい寄って、〔夕霧の〕お後ろから〔文を〕お取りになってしまった。
「あきれたこと。まあ、どうなさるの。ああ、けしからん。六条〔院〕の東の上〔紫の上〕のお手紙です。今朝、風邪を起こして悩ましそうにしていらっしゃったのを、院の御前にお仕えして、出てきたあと、ふたたび参上できずにしまったので、気の毒さに、今の間どうですかと、申し上げていたのです。ご覧なさいよ、恋文といった様子ですか。それにしても、なんと飾らないお様子でしょう。年月を重ねるにつれて、ひどく〔私を〕軽んじなさるのが恨めしいことです。〔あなたが〕お思いになるだろうことを、まったく恥じなさらないのですね」
とうちうめいて、〔文を〕惜しむ顔つきで奪い合いなさることもないので、さすがに、〔雲居雁は〕ちらとも見ずに〔文を〕持っていらっしゃった。
「年月を重ねるにつれて〔人を〕軽んじるのは、あなたの心の習いのようですね」
とだけ、〔雲居雁が〕このようにきちんとした様子でいらっしゃるのに憚って、若々しくおかしげな様子でおっしゃると、〔夕霧は〕微笑んで、
「それは、ともかくもあるでしょう。世の常のことです。ほかにあるまいよ、立派になった男が、このように気を紛らわす方もなく、一つの所を守って、物を恐れている鳥の兄鷹のようなものであるのは。どれほど人が笑うでしょう。そんなつまらない者に守られていらっしゃるのは、あなたのためによくないのでは。
多くの〔女の〕中に、なお際立って、特別な違いが見えることこそ、世間の評判も奥ゆかしく、自分の心地もなお古びにくく、面白いことも情趣深い筋も絶えないでしょう。このように翁の何がしが守ったように、私がぼんやり惑っているのは、とても残念です。どこに栄えがあるでしょう」
と、さすがに、この文の様子もなくこっそり取り返そうという心で、ごまかして申し上げなさると、〔雲居雁は〕とても華やかに微笑んで、
「物の華やかさを作り出しなさるほど、古びた人〔私〕は苦しいことです。とても今風に変わっていらっしゃるご様子のすさまじさも、見慣れないでしまったことなので、とても苦しいのです。前々から慣らしてくださらないで」
と愚痴をおっしゃるのも、憎らしくもない。
「急に〔浮気だと〕とお思いになるほどには、何か〔証拠が〕見えるでしょうか。とてもいやなあなたの心の隅ですね。よくないことを吹き込む人がいるのでしょう。あやしいことに、もともと私を許さないのですよ。やはり、あの緑の袖の名残〔落葉の宮〕を、〔私が〕軽んじるのを口実に、もてなして差し上げようという思いがあるのでしょうか。いろいろ聞き苦しいことどもをほのめかしているようです。つまらない人のためにも、気の毒で」
などとおっしゃるけれど、結局はあるべきこととお思いになるので、とくに争いなさらない。大輔の乳母は、とても苦しいと聞いて、何も申し上げない。
あれこれ言い合って、このお手紙は〔夕霧が〕引き隠してしまわれたので、〔雲居雁は〕せめても探し取ることもできず、つれなく大殿がお休みになると、胸が騒いで、「どうにかして取りたい」と、「御息所のお手紙のようだ。何事があったのだろう」と、目も合わず思いながら臥していらっしゃった。
女君がお休みになっているときに、昨夜の御座の下などを、さりげなく探りなさるけれど、ない。隠していらっしゃるほどの〔場所〕もないので、とても気がかりで、夜が明けても、すぐにはお起きにならない。
女君は、君達に起こされて、いざり出ていらっしゃるので、〔夕霧も〕自分も今起きるような様子で、あれこれうかがいなさるけれど、見つけることがおできにならない。女〔雲居雁〕は、このように〔夕霧が文を〕探そうとも思いなさらないのを、「なるほど、恋心のないお手紙だったのだ」と、心にも留めないので、君達が慌ただしく遊び合って、雛作りをし、拾って据えて遊びなさる、書き読みや手習いなど、さまざまにたいそう慌ただしく、小さな稚児が這いかかって引っ張り合うので、〔雲居雁は文を〕取ったことも思い出しなさらない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。