第39帖 夕霧 / 第15場面
葬送の手配と小野の喪
あらすじ・人物・読み方
御息所の遺骸はその日のうちに納められ、甥の大和守が葬送の一切を取り扱う。夕霧は人目には日並みの悪さを理由に、小野へ弔問に訪れ、臥せっている宮の様子を少将の君らから聞いて帰る。その後も宮は小野に籠もり、夕霧の心深い文にも返事をせず、夕霧は恨めしく思いながら母を失った悲しみを思い続ける。
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現代語で読む
〔御息所が〕いつもそうであろうとおっしゃっていたことだというので、今日そのまま〔遺骸を〕納め申し上げるということで、御甥の大和守であった人が、万事を取り扱い申し上げた。
〔宮は〕せめて遺骸だけでもしばらく見申し上げようと、お惜しみ申し上げなさったけれど、そうしても甲斐があるはずもないので、皆が急いで〔葬送の〕支度に取りかかった、不吉なほどに、大将〔夕霧〕がおいでになった。
「今日より後は、日並みが悪かったのです」などと、人聞きにはおっしゃって、とても悲しくしみじみと、宮がお嘆きになっているだろうことをお察し申し上げて、
「このように急いでお移りになるべきことではありません」と、人々がお諌め申し上げるけれど、〔夕霧は〕無理においでになってしまった。
〔小野までの〕距離までも遠くて、お入りになる頃には、たいそうもの寂しい。不吉な様子に引き隔てて巡らした儀式の方は隠して、この西面に〔夕霧を〕お入れ申し上げる。大和守が出て来て、泣く泣く恐縮してご挨拶申し上げる。〔夕霧は〕妻戸の簀子に寄り掛かりなさって、女房を呼び出させなさると、〔女房たちは〕いる限り皆、心も収まらず、物の判断もつかないほどである。
このように〔夕霧が〕おいでになったので、少しは慰められて、少将の君が参上する。〔宮は〕物もおっしゃることができない。涙もろくはいらっしゃらない心の強さであるけれど、場所の様子や人々の気配などを思いやるのもつらく、無常な世のありさまが、他人事ではないのも、とても悲しいことであった。〔少将の君は〕しばらくためらって、
「〔御息所が〕よろしい具合に回復なさる様子と承っていたので、〔見舞いを〕思いながらも怠っていた間に。夢から覚めるほどのことでございますのに、とても思いがけないことで」
と〔夕霧は少将の君に〕申し上げた。「〔宮が〕思い悩んでいらっしゃった様子は、これ〔母の死〕でいっそうお心も乱れてしまったことだろう」と〔夕霧は〕お思いになるにつけ、そうなるべき〔運命〕とは言いながらも、とてもつらい人〔宮〕のお宿縁であるので、〔宮は〕返事さえなさらない。
「どのように〔宮は夕霧に〕お伝えなさるのだろうか、と〔私が宮に〕申し上げるべきでしょうか」「たいそう軽々しくないご様子で、このようにわざわざ急いでおいでになったお心遣いを、〔宮が〕お分かりにならないようであるのも、あまりに〔失礼に〕ございましょう」と、〔女房たちが〕口々に申し上げると、「ただ、察してください。私は言うべき言葉も思いつきません」と言って、〔宮が〕臥せっていらっしゃるのももっともなことで、「ただ今は、亡き人と変わらないご様子でいらっしゃいます。〔夕霧が〕おいでになった旨は、〔宮に〕お伝え申し上げました」と〔少将の君らが〕申し上げる。この人々もむせび返る様子であるので、
「〔宮に〕申し上げるすべもないのを。もう少し私自身も気持ちを落ち着け、また〔宮も〕お静まりになるだろう頃に、参上しましょう。どうしてこのように急に〔亡くなられた〕のかと、その〔宮の〕ご様子が見たくてなりません」と〔夕霧が〕おっしゃると、〔少将の君らは〕ありのままではないけれど、あの〔宮が〕思い嘆いていらっしゃった様子を、片端ずつ申し上げて、「〔宮が世を〕嘆き申し上げる様子に、なってしまいそうでございます。今日は、ますます取り乱した気持ちの迷いで、〔宮が〕お伝えし間違うこともございましょう。それならば、このように思い迷っていらっしゃるお気持ちも、限りあることで、少しお静まりになるだろう頃に、〔お言葉を〕お聞き申し上げましょう」と言って、〔夕霧は〕我を忘れた様子であるので、おっしゃり出ることも口が塞がって、「ほんとうに、闇に迷う心地がします。どうか、〔宮に〕慰め申し上げて、少しでもお返事があればと思います」などとおっしゃっておいて、立ちかねていらっしゃるのも、軽々しい〔様子になる〕し、やはり人が騒がしいので、お帰りになった。
今夜だけは〔葬送は〕あるまいと思っていた事どもの支度が、とても間もなくきちんと整っているのを、とても頼りなく思って、近くの御荘の人々を呼び寄せお命じになって、しかるべき事どもをお仕え申し上げるよう、取り決めてお出かけになった。事が急であるので、削るようになっていた事どもも、厳かに、人数なども加わって〔整った〕。大和守も、
「ありがたい殿〔夕霧〕のお心遣い」などと、喜び恐縮して申し上げる。「名残さえなく思いがけないこと」と、宮は臥し転びなさるけれど、甲斐がない。親と申し上げても、とてもこのようには〔人を〕慣らしてはならないものであった。〔宮を〕見申し上げる人々も、この御事〔母の死〕を、また不吉なこととお嘆き申し上げる。大和守は、残りの事どもを整えて、
「このように心細くては、〔宮は小野に〕いらっしゃることはできまい。とてもお心の休まる暇もないでしょう」などと〔大和守が〕申し上げるけれど、〔宮は〕なお、峰の煙〔火葬の煙〕をだけでも、間近で思い出申し上げようと、この山里に住み果てようと思っていらっしゃった。
御忌に籠もっている僧は、東面や、そちらの渡殿、下屋などに、頼りない隔てをしながら、ひっそりといた。西の廂を質素にして、宮はいらっしゃる。〔宮は〕日が明け暮れるのもお分かりにならないけれど、月日が経ったので、九月になった。
山颪がとても激しく、木の葉の隠れる所もなくなって、万事がとてもつらい時節であるので、大方の空模様にも催されて、〔涙の〕乾く間もなくお嘆きになり、「命さえ思いどおりにならない」と、厭わしくつらくお思いになる。お仕えする人々も、万事につけて物悲しく思い迷っている。
大将殿〔夕霧〕は、毎日お見舞い申し上げなさる。寂しそうな念仏の僧など、慰めるほどに、万の物をお遣わししてお見舞いさせなさり、宮の御前には、しみじみと心深い言葉を尽くして恨み申し上げ、また、尽きることのないお見舞いを申し上げなさるけれど、〔宮は〕取り上げてさえご覧にならず、むやみに思いがけないことを、弱ったお気持ちに、疑いなく思い染みて、消え失せてしまわれた〔母の〕ことを思い出しなさるにつけ、「来世のお罪にさえなるだろうか」と、胸に満ちる心地がして、この人〔夕霧〕の御事を話題にさえしてお聞きになるのは、ますますつらく悲しい涙の催しにお思いになる。人々も〔夕霧への取り次ぎを〕申し上げかねてしまった。
一行のお返事さえもないのを、「しばらくは心が乱れていらっしゃるのだろう」などと〔夕霧は〕思っていたが、あまりに時が経ったので、「悲しいことにも限りがあるのに。どうして、このように、あまりに知らないふりをなさることがあってよいのか。言っても甲斐なく幼々しい様子に」と恨めしく〔思い〕、「別の事の筋に、花や蝶やと書くならともかく、私が心にしみじみと思い、嘆かわしい方面のことを、どうですかと尋ねる人は、親しくしみじみと思われるものだ。大宮がお亡くなりになったのを、とても悲しいと思ったのに、致仕の大臣〔頭中将〕がそれほどお思いにもならず、道理である世の別れに、公的な作法ばかりのことを孝行としてなさったのが、つらく気にくわなかったのに、六条院〔源氏〕が、かえって丁寧に、後の御事〔法事〕まで営みなさったのが、私〔夕霧〕の方面という仲でも、嬉しく拝見したその折に、故衛門督〔柏木〕を、取り分けて思い慕うようになったのだった。〔柏木の〕人柄がたいそう落ち着いていて、物をたいそう思い留めていた心に、しみじみとした情も勝って、人より深かったのが、慕わしく思われた」などと、手持ち無沙汰に物思いばかりをし続けて、〔夕霧は〕日を明かし暮らしなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。