第39帖 夕霧 / 第18場面
一条の宮の跡と手習いの歌
あらすじ・人物・読み方
夕霧は十三日の月に一条の宮の荒れた跡を訪ね、柏木を偲んで独り歌を詠む。三条殿では雲居雁が夕霧の心変わりを嘆く中、夕霧は宮へ文を送り、返事に紛れ込んだ宮の手習いの歌に心を乱される。
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現代語で読む
道中も、しみじみとした空を眺めて、十三日の月がたいそう華やかに出てきたので、小倉の山も〔夕霧は〕辿りかねていらっしゃると、一条の宮は〔その〕道沿いであった。
〔一条の宮は〕たいそう荒れ果てて、南西の方角の崩れた所を見入ると、遥か向こうまで下ろし戸を閉め込めて、人影も見えない。月だけが遣水の水面をはっきりと澄んで照らしているのに、〔夕霧は〕大納言〔柏木〕がここで遊びなどなさった折々のことを思い出しなさる。
亡き人の面影が今も澄んで消えない池の水に、ひとり宿を守って映る秋の夜の月よと独り言を言いながら、邸にお帰りになっても、月を見ながら、心は空にさまよい出ていらっしゃった。
「あんなに見苦しいこと。〔夕霧には〕なかったご癖だこと」と、女房たちも互いに憎らしく思い合っていた。〔雲居雁である〕上は、真面目に〔夕霧を〕心憂く思い、「〔あの方は宮へ〕心が離れ出てしまったご様子だわ。もともとそうした方面に慣れていらっしゃる六条院の人々を、何かにつけ立派な例として引き合いに出して、〔私を〕気に入らず間違いの多い者とお思いになるなんて、情けないこと。私も、昔からそのように慣れていたなら、人目も馴れて、かえってうまく過ごせたでしょうに。世間の手本にすべきお心構えだと、親兄弟をはじめ申し上げて、無難で立派な方としてきたのに、こうなっては、最後には恥ずかしいことがあるのではないかしら」などと、たいそうひどく嘆いていらっしゃった。
夜明け近くまで、互いに〔思いを〕打ち明けなさることもなく、背き合って嘆き明かして、朝霧の晴れる間も待たず、〔夕霧は〕いつものように、手紙を急いでお書きになる。〔雲居雁は〕たいそう気に食わないとお思いだが、以前のように〔文を〕奪い取りなさることもない。〔夕霧は〕たいそう細やかに書いて、置いたまま口笛を吹いていらっしゃる。〔声を〕忍ばせていらっしゃるけれど、漏れて〔雲居雁に〕聞きつけられてしまう。
いつかは驚かせてあげよう。明けない夜に、夢が覚めてからなどと言ったあのひと言を〔文の〕上から落ちてくる〔涙が、と〕とでもお書きになったのだろうか、〔文を〕押し包んで、名残惜しそうに、「どうすればよいだろう」などと口ずさんでいらっしゃった。人を呼んで〔文を〕お渡しになった。「お返事だけでも見つけてきたいものだ。やはり、どんなことだろう」と、〔宮の〕様子を見たくお思いになる。
日が高くなってから〔返事を〕持って参った。紫の濃やかな紙がすくよかで、小少将が、いつものように〔文を届けて〕申し上げた。〔文には〕ただ同じように、甲斐のない旨を書いて、「お気の毒さに、先日のお手紙に、〔宮が〕手習いとして書き捨てていらっしゃったものを盗んできました」と言って、〔文の〕中に引き破って入れてあった、「〔宮が文を〕目にはご覧になったのだ」と、お思いになるだけの嬉しさは、たいそう〔傍目には〕感じの悪いものであった。〔宮が〕なんとなくお書きになったものを、〔夕霧が〕見続けていらっしゃると、朝夕に泣く声を立てる小野山は、絶えることのない涙が音無の滝なのでしょうかとでも、取りなすべきだろうか、古歌などを、物思いに沈む様子で書き乱していらっしゃる、そのお筆跡なども見所がある。
「人のことなどとして、このような恋心に思い焦がれるのは、もどかしく、正気でないことと見聞きしていたが、自分のこととなると、ほんとうにたいそう堪えがたいものだったのだ。不思議なことだ。どうして、こんなにも思う心焦がれるのだろう」と〔夕霧は〕思い返しなさるけれど、どうしても〔思いを断つことが〕叶わない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。