第39帖 夕霧 / 第20場面
法事と一条移転の決意
あらすじ・人物・読み方
夕霧は御息所の法事を万事取り持ち、六条院からも誦経の援助がある。宮が出家を望むことが朱雀院に伝わり、院は後見のない身の浮名を案じて思いとどまるようたびたび諭す。夕霧は宮の許しは難しいと見て、一条への移転の日を定め、大和守に邸の整備を急がせる。
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現代語で読む
こうして〔夕霧は宮の〕法事を、万事取り持って執り行わせなさる。事の評判は自然と隠れないので、大殿〔頭中将〕などもお聞きになって、「そんなことがあってよいものか」などと、女方〔宮方〕の心が浅いようにお考えになるのは、道理がないことだ。あの昔の〔柏木への〕お心があるので、君達は、参上してお見舞いなさる。
誦経などは、〔六条院の〕殿からも厳かにさせなさる。あれこれも、さまざまに劣らずになさるので、当時の人のこのような法事に劣らないものであった。
宮は、こうして〔小野に〕住み果てようとお決めになることがあったけれど、院〔朱雀院〕に、人が漏らして奏上したので、「たいそうあってはならないことだ。まことに、大勢があれこれと身の処し方があるべきことでもないが、後見のない人は、かえってそうした様子で、あってはならない評判を立て、罪を得そうな時は、この世でも後の世でも、中途半端で非難すべき咎を負うことになる。ここ〔院〕でこうして世を捨てているのに、三の宮〔女二の宮〕が同じように身をやつしていらっしゃるのを、どうしようもないように人が思い言うのも、捨てた身には思い悩むべきではないけれど、必ずしもそうだと争いなさるのも、困ったことだろう。世のつらさに託して厭うのは、かえって人の評判を悪くする行いだ。心に思い定める理由があって、もう少し思いを静め、心を澄ましてこそ、どうとも〔決めなさい〕」とたびたび〔院は〕申し上げなさるのだった。この浮いたご評判を〔院は〕お聞きになったのだろう。「そのような思いがけないことにつけて〔出家を〕倦んでいらっしゃる」と言われなさるだろうことを〔院は〕お思いになるのだった。そうかといって、また、「表立っていらっしゃるのも軽々しく、心外なこと」と、お思いになりながら、〔宮が〕恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒なので、「何を、我だけでも聞いて取り扱おう」とお思いになって、この件は、少しもおっしゃらなかったのだった。
大将〔夕霧〕も、「あれこれ言いなしてきたのも、今は無駄だ。あの〔宮の〕お心にお許しいただくことは、難しそうだ。御息所は〔私の心を〕ご存じだったと、人には知らせよう。どうしようか。亡き人に少し軽い咎は思わせて、いつ始まったことともなく、紛らわせてしまおう。かえって、懸想めいて、涙を尽くしてかかずらうのも、たいそうみっともないだろう」とお考えになって、一条にお移りになるべき日を、その日だけと定めて、大和守を召して、しかるべき作法をおっしゃり、宮の内を払い整え、そうはいっても、女同士で、草深く住みなさっていたのを、磨いたように整え直して、お心遣いなど、しかるべき作法を立派に、壁代、御屏風、御几帳、御座などまでお心に寄せつつ、大和守におっしゃって、あの家に急いでお仕えさせなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。