第39帖 夕霧 / 第21場面
一条への移転と形見の筥
あらすじ・人物・読み方
移転当日、夕霧が自ら迎えに来るが宮は移転を拒む。大和守の強い説得にも宮は髪を切る思いを捨てきれず歌を詠むが、人々に鋏を隠され本意を遂げられない。やむなく泣く泣く車に乗った宮は、形見の螺鈿の筥を前に歌を詠む。
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現代語で読む
その日、〔夕霧は〕自らおいでになって、御車や御前駆などを差し上げなさる。宮は、決して移るまいとお思いになりおっしゃるのを、人々がたいそう申し上げ、大和守も、「決してお承りできません。心細く悲しいご様子を拝見して嘆き、この頃の宮仕えは、堪えるに任せてお仕えしてきました。今は、国のこともございますので、下らなければなりません。宮の内のことも、ご覧いただき譲るべき人もございません。たいそう心もとなく、どうしたものかと拝見するのを、こうして万事お心を配りなさるのを、まことに、こちら〔大和守〕にとって思いますには、必ずしもいらっしゃるべきでないご様子ですが、そうはいっても、昔もお心にかなわない例は、多くございます。お一人の身に、世の非難まで負わせなさるべきでしょうか。たいそうお若くいらっしゃることです。雄々しくお思いでも、女のお心ひとつで、ご自身を治め整え、顧みなさる方法があるでしょうか。やはり、人が敬い大切になさるのに助けられてこそ、深いお心の賢いご方針も、それにかかるべきものです。君達がお聞きして知らせ申し上げなさらないのです。一方では、あってはならないことをも、〔人々が〕お心のままにお仕えし始めて」と、言い続けて、左近や少将を責める。
〔人々が〕集まって申し上げ慰めるのに、どうしようもなく、鮮やかな御衣どもを、人々が差し上げてお着替えさせるのも、〔宮は〕我にもなく、やはり、たいそう一途に削ぎ捨てたいとお思いになる御髪を、かき出してご覧になると、六尺ほどで、少し細ってはいるけれど、人は醜くも拝見せず、ご自身のお心には、「ひどい衰えだ。人に見せられる様子でもない。さまざまにつらい身を」とお思い続けて、また横になりなさった。
「時刻が過ぎてしまった。夜も更けてしまうだろう」と、皆が騒ぐ。時雨がたいそう慌ただしく吹き乱れ、万事もの悲しいので、立ちのぼった峰の煙にまじって、思いもしない方へなびいてしまわないようにしたいものです。〔宮は〕心ひとつには強くお思いでも、その頃は、御鋏などのような物は、皆取り隠して、人々が見守り申し上げていたので、「こうして騒がれないでさえ、何を惜しむ身でもないのに、おこがましく、若々しい様子で引き忍ぼうか。人聞きもひどく、思いなさるべきでない行いを」とお思いなので、その本意のようにはなさらない。
人々は、皆急いで立ち上がって、それぞれ、櫛、手筥、唐櫃、万の物を、はかばかしくない袋のような物だけれど、皆先立てて運んだので、〔宮が〕一人残りなさることもできず、泣く泣く御車にお乗りになるのも、そばばかりを見守りなさって、こちらへお移りになる時、ご気分の苦しい中でも、御髪をかき撫でて整え、下ろし申し上げなさったことを思い出しなさるにつけ、目も霧で曇ってひどい。御佩刀に添えて経筥を添えたのが、御そばからも離れないので、恋しさを慰めがたい形見であることよ。涙に曇る玉の筥です。黒い〔衣〕もまだお召しになりきらないうちに、あの手慣らしなさっていた螺鈿の筥であった。誦経におさせになったのを、形見として留めなさっていたのだった。浦島の子の心地がするのだった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。