第39帖 夕霧 / 第22場面
一条の宮の夜
あらすじ・人物・読み方
一条の宮へ移った落葉の宮のもとへ夕霧が訪れ、少将の君をいみじく責めて宮への取りなしを迫るが、宮は塗籠に閉じこもって会おうとしない。夕霧は山鳥のようにひとり思い明かし、明け方、鎖された岩門に寄せた歌を残して泣く泣く帰る。
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現代語で読む
〔宮が〕お着きになると、邸の中は悲しげな様子もなく、人の気配が多くて、〔小野の山里とは〕違う有様である。お車を寄せてお降りになるのを、〔宮は〕まったく故郷とも思われず、疎ましくいやにお思いになるので、すぐにはお降りにならない。たいそう妙で、若々しいご様子だなあと、人々も拝見しかねている。〔宮は〕東の対の南面を、ご自分の御部屋として仮にしつらえて、住みついた顔でいらっしゃる。三条殿〔の人々〕では、人々が、「急にあきれたことにおなりになったものだなあ。いつの間にあったことだろう」と、驚いた。なよやかで風情あることを好ましくなくお思いになる人〔夕霧〕に、こんな思いがけないことがおありだったとは。しかし、長年の思いを、音沙汰なく様子も漏らさず過ごしていらしたのだ、とばかり思いなして、このように女〔宮〕がお心を許しなさらないとは、思い寄る人もいない。どうであっても、宮のお身の上が気の毒なことである。
ご準備など様子が変わって、事の始めとして不吉な感じだが、お食事を差し上げるなど、皆静まった頃に、〔夕霧は宮のもとへ〕お渡りになって、少将の君をひどく責めなさる。
「ご意向を本当に長くお思いなのなら、今日明日を過ごしてからおっしゃってください。〔宮は〕かえって、〔小野へ〕お帰りになって物思いに沈み、亡き人のように横になってしまわれました。なだめ申し上げることも、つらいとばかりお思いですから、何事も〔宮ご自身の〕お身のためでしょう。たいそう煩わしく、申し上げにくいのです」と言う。
「たいそう妙なことです。推し量り申し上げたのとは違って、幼く理解しがたいお心でした」と言って、〔夕霧が宮を〕思い寄った様子や、人のおためも、自分のためにも、世間の非難があるまじくおっしゃり続けるので、
「いや、ただ今は、またむやみに人の見る目に晒してよいのかと、あわただしく乱れる心地で、万事お思い分けになりません。我が君、どうかこう押し立てて、一途なお心をお向けにならないでください」と手をすり合わせる。
「まったくまだ知らない世の中だなあ。憎く不愉快だと、人より格別に見下げていらっしゃるだろう我が身こそつらい。どうにかして人にも訳を分かってもらいたい」と、言いようもないと思っておっしゃるので、〔少将も〕さすがに気の毒でもあり、「まだご存じないのは、本当に世慣れないお心構えのせいでしょう、道理は、本当に、どちらに味方する人がいるでしょうか」と、少し微笑んだ。
このように〔少将が〕強情だけれど、今は、堰き止められなさるはずもないので、やがてこの人を引き立てて、〔夕霧は宮の部屋へ〕推して入っていらっしゃる。
宮は、「たいそう心憂く、情けなく軽はずみな人の心だった」と、妬ましくつらいので、「若々しい様子で言い騒ごうとも」とお思いになって、塗籠に御座を一つ敷かせなさって、内側から鎖して大殿籠もりをなさった。「これもいつまでのことか。これほど取り乱している人々の心は、たいそう悲しく残念だ」とお思うになる。
男君〔夕霧〕は、不愉快でつらいとお思い申し上げるけれど、これぐらいでは、どうして離れられることがあろうかと、のんびりお思いになって、万事に思いながら夜を明かしていらっしゃる。山鳥〔のように離れて臥す〕心地がなさるのだった。ようやく明け方になった。こうしてばかりでは、事という事は、顔を合わせての話にもならないので、お出になろうとして、
「ただ、少しの隙だけでも〔お会いしたい〕」と、ひどくおっしゃるけれど、〔宮は〕たいそうつれない。恨めしく思い詰め、胸の晴れない冬の夜に、また鎖が加わる関の岩門のように、〔あなたの心は閉ざされるのですね〕。申し上げようもないお心でした」と、泣く泣くお出になる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。