第39帖 夕霧 / 第23場面
六条院での弁明
あらすじ・人物・読み方
六条院に帰った夕霧は、紫の上から一条の宮を移したことを問われ、故御息所の遺言による後見だと弁明し、宮が出家を望んでいることも明かす。紫の上と和やかに語らったのち源氏の前に参ると、源氏は我が子ながら、その若々しく盛りの姿に見とれる。
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現代語で読む
〔夕霧は〕六条院にいらして、くつろいでいらっしゃる。東の上〔紫の上〕が、「一条の宮をお移し申し上げなさったことと、あの大殿あたりなどに聞こえていますが、どのようなご事情でしょうか」と、たいそう穏やかにおっしゃる。御几帳を添えてあるけれど、側からほのかには、やはり〔夕霧は紫の上を〕拝見なさる。
「そのようにも、やはり人が言いなすだろうことでございます。故御息所は、たいそう強く、あってはならない様子に言い放っていらっしゃいましたが、臨終の際に、ご気分が弱った時に、また見譲るべき人がいないのが悲しかったのでしょうか、亡くなった後の後見にというようなことがございましたので、もとからの志もございましたことで、このように思い立つようになったのを、さまざまに、どう世間は扱うでしょうね。さほどでもないことまでも、妙に人というものは、口さがないものです」と、微笑みながら、「あのご本人は、やはり世に生き長らえようと深く思い立って、尼になろうと思い悩んでいらっしゃるようなので、何ということでしょう。こちらあちらに聞きにくいことでもありましょうが、そのように嫌疑を離れても、また、あの遺言は違えまいと思いまして、ただこのように言い扱っております。院〔源氏〕がお越しになる時にも、事のついでがございましたら、このように申し上げてください。やがては、心惹かれない心づかいをしていると、お思いになりおっしゃるだろうことを憚っておりましたが、本当に、このような筋では、人の諌めにも、自分自身の心にも従わないようでございます」と、ひそやかにおっしゃる。
「人の作り話かと思っておりましたが、本当にそのようなご様子でいらっしゃるのですね。皆、世の常のことですが、三条の姫君〔雲居雁〕がお思いになることが気の毒です。のどやかに慣れていらして〔ください〕」と申し上げなさると、
「かわいらしく申しなさる、姫君だなあ。たいそう手強い性分の者ですよ」と言って、「どうして、その〔雲居雁〕をも疎かにもてなし申しましょう。畏れ多いことですが、ご様子などからも、推し量りください。穏やかであることだけが、人は最後の事としてはありましょう。性悪で事々しいのも、しばらくは少し気詰まりで、煩わしいように憚られることがあっても、それに従い通すべきではないことなので、事が乱れ出てきた後、自分も人も、憎らしく飽き飽きしますよ。やはり、南の御殿〔紫の上〕のお心の用い方こそ、さまざまにありがたく、またこのお方のお心などこそ、素晴らしいものと、拝見し終わりました」
などと、お褒め申し上げなさると、〔紫の上は〕お笑いになって、「物の例に引き出しなさるほどに、我が身の評判の悪さが現れてしまうでしょう。さて、おかしいことは、院が、ご自身のお癖を人は知らないように、少し浮ついたお心づかいを、大事と思って、戒め申しなさることです。後ろでの言葉にもおっしゃっているらしいのが、賢そうな人が、自分のことを知らないように思われます」とおっしゃると、
「その通りです、いつもこの道をこそ戒めおっしゃいます。それにしても、畏れ多いご教えでなくても、とてもよく収めております心を」と言って、本当におかしいとお思いになっている。
〔夕霧が源氏の〕御前に参りなさると、あの事はお聞きになっていたけれど、何も聞いた顔はしまいと思って、ただじっと見つめていらっしゃるのに、「たいそう素晴らしく清らかに、この頃こそ大人びて増していらっしゃるご盛りのようだ。そのような好色な事をなさっても、人が咎めるような様子もなさらない。鬼神も罪を許すだろうほど、鮮やかに清らかそうに、若く盛りに匂いを散らしていらっしゃる。物思いを知らない若人のほどでもなく、欠けたところなく大人びて整っていらっしゃるのは、道理だなあ。女であったら、どうして愛でないことがあろうか。鏡を見ても、どうして驕らないことがあろうか」と、我が御子ながらも、〔源氏は〕お思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。