第39帖 夕霧 / 第25場面
一条での逗留
あらすじ・人物・読み方
一条の宮は夕霧との対面を拒み続けるが、少将の君の取りなしで夕霧は塗籠に入り、宮と夜を明かす。翌朝、宮は衰えた自分の姿を見られることを恥じ、夕霧も雲居雁への思いに苦しむ。一条では大和守の手配で滞在のしつらえが整えられる。
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現代語で読む
あちら〔一条の宮〕では、〔宮が〕なお閉じ籠っていらっしゃるのを、人々が、
「このままでよいのでしょうか。若々しくけしからぬ評判も立ちかねませんから、いつものご様子で、しかるべきことを申し上げなさいませ」
などと、あれこれ申し上げたので、〔宮も〕もっともなこととはお思いになりながら、今後の世間の評判も、ご自分のこれまでのことも、気にくわず、恨めしかった人〔柏木〕のゆかりの人と思い知って、その夜も〔夕霧と〕対面なさらない。「戯れにくく、珍しいことだ」と、申し尽くしていらっしゃる。人々も気の毒だと拝見する。
「『少しでも人並みの心地になる時があったら、〔夕霧が宮を〕お忘れでなければ、何かと申し上げましょう。この喪服の間は、一筋に思い乱れることなく過ごしたい』と、深くお思いになりおっしゃっているのに、このようにたいそう都合悪く、知らない人がいなくなってしまったらしいのを、なおたいそうつらいものとしてお聞きになる」
と申し上げる。
「思う心は、また別の意味では気がかりのないものなのに。思いがけない世の中になったことよ」と嘆いて、「いつものようにいらっしゃれば、物越しなどでも、思うことだけを申し上げて、ご心を破ることもないでしょう。多くの年月も過ごせるでしょう」
などと、尽きることなく申し上げなさるけれど、
「やはり、このような乱れに加えて、無理なご心がたいそうつらい。人が聞いて思うことも、あらゆる面で並々でなかった身のつらさは、それはそれとして、わざわざ心憂いご様子ですこと」
と、また言い返し恨みなさりながら、よそよそしくばかりもてなしていらっしゃった。
「だからといって、このままでよいのか。人が聞き漏らすことももっともだ」と、きまり悪く、ここの人目も気になさるので、
「内々のご配慮は、このおっしゃる様子に沿っても、しばらくは情け深く振る舞いましょう。世慣れない様子が、たいそう困ったことです。また、こうだからといって、訪れを絶って参らなければ、人の御名がどうして気の毒でないでしょうか。一途に物を思いなさって、幼げなのが気の毒です」
などと、この人〔少将〕を責めなさるので、もっともだと思い、拝見するのも今は心苦しく、恐れ多く思われる様子なので、人が通いなさる塗籠の北の口から、〔夕霧を〕お入れ申し上げてしまった。
〔宮は〕たいそうあきれるほどつらいと、仕える人をも、なるほどこのような世の人の心であるから、これよりひどい目をも見せられたに違いないと、頼もしい人もいなくなってしまったご身を、繰り返し悲しくお思いになる。
男〔夕霧〕は、あらゆる思い知るべき道理を申し上げ知らせ、言葉多く、しみじみともおかしくも申し尽くしなさるけれど、〔宮は〕つらく気にくわないとばかりお思いになっている。
「たいそう、このように、言いようのないものに思われてしまった身のほどは、比べようもなく恥ずかしいので、あってはならない心がつき始めたことも、情けなく悔しく思われますけれど、取り返すことができないうちに、どんな勇ましい御名でしょうか。言い甲斐なく思い弱りなさい。
思いが叶わない時、身を投げる例もあると聞きますが、ただこのような志を深い淵に例えてくださって、捨てた身と思いなさい」
と申し上げなさる。単衣の御衣を御髪まで引き包んで、勇ましいこととは裏腹に、声を上げて泣きなさる様子が、心深く気の毒なので、
「たいそう困ったことだ。どうしてこんなにお思いなのだろう。ひどく思う人も、これほどになれば、自然と和らぐ様子もあるのに、岩や木よりさらに靡きにくいのは、〔前世の〕契りが遠くて、憎いなどと思う様子があるというのに、そうお思いなのだろう」
と思い寄ると、あまりなので心憂く、三条の君〔雲居雁〕がお思いになるだろうこと、昔も何の心もなく、互いに思い交わした世のこと、長年、今はと裏切りのない様子で頼りにし、打ち解けていらっしゃる様子を思い出すのも、自分の心ゆえに、たいそうつまらなく思い続けられるので、無理にも取り繕って申し上げなさらず、嘆き明かしなさってしまった。
このようにばかり愚かしく出入りするのも変なので、今日は泊まって、心穏やかでいらっしゃる。こうまで一途なのを、あきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んじるご様子の増すのを、愚かしいご心だなと、一方では、つらいけれどしみじみと感じられる。
塗籠も、特に細々した物が多くあるわけでもなく、香の御唐櫃、御厨子などだけがあるのを、こちらあちらに掻き寄せて、親しみやすく設えておいでだった。内は暗い心地がするけれど、朝日が差し出た気配が漏れて来るので、埋もれた御衣を引きやり、たいそう困ったことに乱れた御髪を、掻きやりなどして、ほのかに拝見なさる。
〔宮は〕たいそう上品に女らしく、なまめかしい様子でいらっしゃる。男〔夕霧〕のご様子は、きちんとしていらっしゃる時よりも、打ち解けていらっしゃるのが、この上なく清らかである。
「故君〔柏木〕が格別でなかった時でさえ、心の限り思い上がり、御容貌が十全でいらっしゃらないと、折々に思っていた様子を思い出せば、まして、このようにひどく衰えてしまった有様を、しばらくの間でも見て忍べるだろうか」と思うのも、たいそう恥ずかしく、あれこれ思い巡らしながら、ご自分の心を取り繕いなさる。
ただ傍らで痛く、ここでもあちらでも、人が聞いてお思いになることの罪から逃れる方角がない上に、時節までたいそう心憂いので、慰めがたいのだった。
御手水、御粥などが、いつもの御座の方に差し上げられた。色の異なる御設えも、忌まわしい様子なので、東面は屏風を立てて、母屋の際に香染の御几帳など、仰々しく見えない物、沈の二階棚のようなものを立てて、心遣いがあって設えてある。〔これは〕大和守の仕業だった。
人々も、鮮やかでない色の、山吹、掻練、濃い衣、青鈍などを着替えさせ、薄色の裳、青朽葉などを、あれこれ紛らわせて、御膳は差し上げる。女所で、だらしなくあらゆることに慣れた宮の内〔の有様〕に、様子に心を留めて、わずかな下人をも言い整え、この人〔少将〕一人のみが取り仕切っている。
このように思いがけない高貴な客人がいらっしゃると聞いて、もとは勤めていなかった家司などが、突然参って、政所などと言う方に控えて執務していた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第39冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。