ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第40帖 御法 / 第1場面

法華経千部の供養

あらすじ・人物・読み方

病が重くなった紫の上は、出家を願うが院に許されず、そのことが恨めしく、自分の身の罪をも案じる。年来の願いで書かせた法華経千部の供養が二条院で営まれ、内裏・春宮・后の宮をはじめ人々が集い、花散里や明石の御方も参列する。三月十日の花盛りの中、紫の上は三の宮を使いにして明石の御方へ歌を送る。

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現代語で読む

紫の上は、ひどく患われたご気分ののち、〔病が〕たいそう重くなられ、はっきりしたところもなく悩み続けられることが長くなった。

〔病状は〕たいそう大げさなほどではないが、年月が重なると、頼りなく、ますます弱々しくなっていかれるのを、院〔源氏〕がお嘆きになることは限りない。〔院は〕しばらくでも〔紫の上に〕後れてお仕え申し上げることをひどくつらいだろうとお思いになり、〔紫の上〕ご自身のお気持ちでは、この世に未練はなく、心配な絆さえ交じらないお身なので、無理に引き留めたいお命ともお思いにならないが、年来の契りをかけ離れて〔院を〕思い嘆かせ申し上げることだけが、人知れずお心のうちでも、しみじみとお思いになるのであった。来世のためと、尊い〔仏道の〕ことを多くなさりながら、「なんとかやはり本意〔出家〕を遂げた姿になって、わずかでも関わる命のある間は、修行に専念したい」と、絶えずお思いになりおっしゃるが、〔院は〕まったくお許し申し上げにならない。

それというのも、〔院〕ご自身のお心にも、そのように思い始められた筋なので、〔紫の上が〕このように熱心にお思いになるついでの促しを受けて、同じ道〔出家〕にも入られようかとお思いになるが、一度家を出られたら、かりにもこの世を顧みようとはお決めでなく、来世には同じ蓮の座をも分けようと契り交わし合って、頼りにし合うご仲ではあるが、ここにいながら勤行なさる間は、同じ山であっても峰を隔てて、互いに会い申し上げない住まいに遠く離れてしまうことだけをお引き受けになっているところ、〔紫の上が〕このようにたいそう頼りない様子で重く悩まれるので、たいそうお気の毒なご様子を、今はと離れて行く際には捨てがたく、かえって山水の住まいも濁ってしまいそうに、お思いとどまっているうちに、ただ少し道心を起こした、思いのままに振る舞う人々にも、格別に後れてしまわれそうに見える。

お許しがなくて、自分の心一つで思い立つのも、体裁が悪く本意ない様子なので、このことによって、女君〔紫の上〕は、〔院を〕恨めしくお思い申し上げになるのであった。ご自分の身も、罪が軽くはないのではないかと、〔紫の上は〕気がかりにお思いになるのであった。

年来、〔紫の上の〕私的なご願いでお書かせ申し上げになった『法華経』千部を、急いで供養なさる。ご自分の御殿とお思いになる二条院で〔供養を〕なさるのであった。七僧の法服などを、品々〔僧たちに〕お与えになる。物の色、縫い目から始めて、清らかであることは限りない。おおかた何事も、たいそう厳かな行事どもがなされた。

大げさな様子にもお聞こえにならなかったので、詳しいことどももお知らせにならなかったところ、女のご身分としては至って深く、仏の道にまで通じていらっしゃるお心のほどなどを、院はたいそう限りないとご覧申し上げになって、ただおおかたのご設えや何かのことだけを、お営みになるのであった。楽人、舞人などのことは、大将の君〔夕霧〕が、取り分けてお仕え申し上げになる。

内裏、春宮、后の宮たちをはじめ申し上げて、御方々が、ここかしこで御誦経、捧げ物などのことだけをなさるのでさえ場所が狭いのに、まして、そのころ、このご準備にお仕え申し上げない所はないので、たいそう大げさなことどもがある。「いつの間に、こんなにいろいろとお心づもりなさったのだろう。本当に、石上〔の古歌〕のように世々を経たご願いであろうか」と見える。

花散里と申し上げた御方、明石〔の御方〕などもお渡りになった。〔紫の上は〕南東の戸を開けていらっしゃる。寝殿の西の塗籠であった。北の廂に、方々の御局どもは、障子だけを隔てて〔控えて〕いた。

三月の十日なので、花盛りで、空の様子なども、うららかに趣があり、仏がいらっしゃるという所の様子が、遠からず思いやられて、格別である。深い心もない人でさえ、罪を消し去ってしまいそうである。薪を伐る〔ような〕讃嘆の声も、たくさん集まった響きが大げさなのを、休んで静まった時でさえしみじみとお思いになるのに、まして、近ごろとなっては、何事につけても、心細くばかりお思い知りになる。〔紫の上は〕明石の御方に、三の宮を〔使いにして歌を〕お送り申し上げになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第40冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。