ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第40帖 御法 / 第2場面

明石の御方との贈答と管弦の夜

あらすじ・人物・読み方

紫の上は、限りが来て命の薪が尽きる悲しさを詠んで三の宮を使いに明石の御方へ送り、明石の御方は仏法への願いを詠んで返す。夜もすがら管弦が続き、明け方の花や鳥の声に満ちた宴の興を、残り少ない身と知る紫の上はすべてしみじみと感じ入る。

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現代語で読む

惜しくはないこの身ながら、限りが来て命の薪が尽きてしまうことが悲しい。〔明石の御方の〕お返事は、心細い筋については、後々の評判も気後れする行為であろうかと、はっきりしない様子であるらしい。

薪を伐る思いは今日を初めとして、この世で願う仏法は遥かに尊いことです。夜通し、尊い〔法会の〕ことに打ち合わせた鼓の声が、絶えず趣がある。ほのぼのと明けゆく夜明け、霞の間から見えた花の色々が、やはり春に心が留まりそうに香りわたり、たくさんの鳥のさえずりも笛の音に劣らない気持ちがして、ものの哀れも面白さも残らないほどに、陵王の舞い手が急になるころの最後の方の楽が、華やかに賑やかに聞こえると、皆が脱ぎかけた装束の色々なども、その折柄に趣深くばかり見える。

親王たち、上達部の中にも、管弦の上手どもが、余すところなく演奏なさる。身分の上下とも気持ちよさそうに、興のある様子どもであるのをご覧になるにも、残り少ないとご自身をお思いになるお心のうちでは、万事がしみじみとお感じになる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第40冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。