源氏物語 第40帖
御法 みのり
あらすじ
病に臥し出家も許されぬ紫の上は、私の願で書かせた法華経千部の供養を二条院で営み、明石の御方や花散里と歌を交わして契りを結ぶ。中宮の見舞いを受け、三の宮に亡き後のことを言い残した上は、秋風の夕暮、源氏と女三の宮の前で露の歌を遺して薨じる。源氏は剃髪を願うも夕霧に諫められ、亡骸の美しさに心惑い、致仕の大臣や冷泉院の后の宮との弔いの贈答が続く。
この帖の人物
場面 第1–5場面
第1場面法華経千部の供養病が重くなった紫の上は、出家を願うが院に許されず、そのことが恨めしく、自分の身の罪をも案じる。年来の願いで書かせた法華経千部の供養が二条院で営まれ、内裏・春宮・后の宮をはじめ人々が集い、花散里や明石の御方も参列する。三月十日の花盛りの中、紫の上は三の宮を使いにして明石の御方へ歌を送る。第2場面明石の御方との贈答と管弦の夜紫の上は、限りが来て命の薪が尽きる悲しさを詠んで三の宮を使いに明石の御方へ送り、明石の御方は仏法への願いを詠んで返す。夜もすがら管弦が続き、明け方の花や鳥の声に満ちた宴の興を、残り少ない身と知る紫の上はすべてしみじみと感じ入る。第3場面供養の果てと花散里の返歌供養の翌日、紫の上は苦しく臥せりながら、集まった人々の顔や琴笛の音も今日が見納めかと思い、平生は目にも留まらない顔までしみじみと眺める。供養が終わり人々が帰るのも遠い別れのように惜しまれ、紫の上は花散里へ御法と契りを詠んで送り、花散里は契りは絶えないと返歌する。第4場面中宮の御見舞い紫の上のもとでは不断の読経や懺法が絶え間なく営まれるが、夏の暑さで御心地は弱っていく。秋好中宮が二条院を訪れ、久しぶりの対面を珍しく思って物語を交わし、源氏が東の対へ渡った後も、明石の御方を交えて静かな語らいが続く。第5場面三の宮への言伝紫の上は死後のことを賢しげに言い出さず、世の無常を静かに語る姿がかえって心細く見える。長年仕えた人々への心遣いを中宮に託し、愛らしく歩く三の宮を前に据えて、いなくなった後も思い出してほしいと語りかけ、紅梅と桜を仏に供えるよう言い残す。
場面 第6–10場面
第6場面秋風の夕暮と辞世の歌秋になって紫の上の御心地は少し爽やぐが、なお露っぽい折が多い。看病に渡ってきた女三の宮のもとで、風の強い夕暮れに前栽を眺める紫の上は、萩の上の露に自らを重ねた辞世の歌を詠み、源氏と女三の宮が露の世のはかなさを詠み交わす。第7場面紫の上の薨去病の苦しさを訴える紫の上は、女三の宮に帰るよう促すが、宮はお手をとって看取り続ける。誦経の使いたちが騒ぎ、一晩中あらゆる手当てが尽くされるが甲斐なく、紫の上は明けきるころに露のように消え果てる。人々は比べようもない別れの悲しみに、明けぐれの夢に惑う心地がする。第8場面剃髪の願いと御骸取り乱す人々の中で、源氏は夕霧を御几帳のもとに呼び寄せ、長年の本意である剃髪を僧に伝えるよう頼む。夕霧は物の怪の仕業かもしれぬと諫め、亡き後の剃髪は悲しみを増すだけだと引き止める。やがて夕霧は几帳の帷を引き上げて御骸をのぞき、生前と変わらぬ美しさに心惑うほど悲しみ、源氏は気持ちを静めて最期の事どもを行う。第9場面葬送と明け方の独詠紫の上の葬送はその日のうちに営まれ、広い野に人々が立ち込める厳めしい作法の中、御姿ははかない煙となって昇る。十五日の暁、源氏は出家の本意と後の非難の間で思い悩み、胸をせき上げる。夕霧の慰めを受け、夕暮れには数珠の数に紛らわせて涙を消し、明けぐれの夢を詠む独詠を残す。第10場面源氏の述懐と弔問紫の上を失った源氏は、寝ても起きても涙の乾く間もなく、霧に包まれるように日々を明かし暮らす。幼いころから無常を知らされながら心強く生きてきた半生を振り返り、今は後顧の憂いもないはずなのに悲しみに心惑う自分を、阿弥陀仏を念じて忘れさせてほしいと祈る。帝をはじめ各所からの弔問は絶えないが、世間の目を気にして出家の思いを抑える嘆きがさらに加わる。
場面 第11–12場面
第11場面致仕の大臣との贈答致仕の大臣は紫の上の訃報を惜しみ、御子の蔵人少将を使いに、昔の秋さえ今のように感じられると詠んだ弔問の歌を源氏に届ける。源氏は、露の悲しさは昔も今も区別がつかず、この秋の夜こそつらいと返歌し、度重なる丁重な弔問に感謝を伝える。そのころ、紫の上とは縁の薄い人々までもがその人柄を惜しんで涙し、長く仕えた女房の中には尼になる者もいた。第12場面后の宮の消息と御仏事冷泉院の后の宮から、亡き人が秋に心を留めなかった道理を詠む消息が届き、源氏は物思いの心の上にも繰り返し読み返して涙をこぼす。返歌には、雲の上からこの無常な世を振り返ってほしいと詠み、書き終えてもしばし眺め入る。源氏は女方に静かに籠もって仏道に励みつつ出家を思い立つが世間体を憚り、御法事は大将の君が執り行い、中宮も紫の上を恋い慕い続ける。
出典・底本
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第40冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。