第40帖 御法 / 第5場面
三の宮への言伝
あらすじ・人物・読み方
紫の上は死後のことを賢しげに言い出さず、世の無常を静かに語る姿がかえって心細く見える。長年仕えた人々への心遣いを中宮に託し、愛らしく歩く三の宮を前に据えて、いなくなった後も思い出してほしいと語りかけ、紅梅と桜を仏に供えるよう言い残す。
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現代語で読む
上〔紫の上〕は、御心のうちに思い巡らすことが多いけれど、賢しげに、亡くなった後のことなどをおっしゃり出すこともない。ただ世の無常なありさまを、おっとりと言葉少なく、浅はかではなくおっしゃりなした様子などが、言葉に出したよりもかえってしみじみと、もの心細いご様子は、はっきりと見えた。宮たちを拝見なさっても、
「それぞれのご行く末を、知りたいと存じていたことこそ、このようにはかなかった身を惜しむ心が混じっていたのだろうか」
といって、涙ぐんでいらっしゃるお顔の美しさは、たいそう趣がある。「どうしてこんなにばかり思い悩んでいらっしゃるのだろう」とお思いになると、中宮はふとお泣きになった。不吉な様子などはおっしゃりにはなさらず、物事のついでなどに、長年お仕えして馴れた人々の、格別に頼りなく気の毒そうな、あの人、この人〔について〕、
「〔私が〕いなくなった後も、お心を留めて、尋ねてお思いなさい」
などとだけ申し上げなさった。御読経などによって、いつものご自分の御方へお渡りになる。
三の宮は、多くの御子たちの中で、とても愛らしく歩いていらっしゃるのを、〔紫の上は〕ご気分のよい隙には、前に据え申し上げなさって、人の聞かない間に、
「私がいなくなったときに、思い出してくださるでしょうか」
と申し上げなさると、
「とても恋しくなるでしょう。私は、内裏の上〔今上帝〕よりも宮〔母后〕よりも、婆〔紫の上〕をこそまさって思い申し上げますので、いらっしゃらなければ、気持ちが晴れなくなるでしょう」
といって、目をこすってごまかしていらっしゃる様子が可愛らしいので、〔紫の上は〕ほほ笑みながら涙は落ちた。
「大人におなりになったら、ここに住んで、この対の前にある紅梅と桜とは、花の時々に、心を留めてお楽しみなさい。ふさわしい時には、仏にもお供えなさい」
と申し上げなさると、〔三の宮は〕うなずいて、お顔を見つめて、涙が落ちそうになったので、立って〔その場を〕お出になった。特別に育て申し上げなさったので、この宮と姫宮とを、見残し申し上げることが、残念でしみじみとお思われになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第40冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。