第40帖 御法 / 第6場面
秋風の夕暮と辞世の歌
あらすじ・人物・読み方
秋になって紫の上の御心地は少し爽やぐが、なお露っぽい折が多い。看病に渡ってきた女三の宮のもとで、風の強い夕暮れに前栽を眺める紫の上は、萩の上の露に自らを重ねた辞世の歌を詠み、源氏と女三の宮が露の世のはかなさを詠み交わす。
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現代語で読む
秋を待ち受けて、世の中が少し涼しくなっては、ご気分も少し爽やぐようだが、なおともすれば、訴えがましい〔ご様子である〕。とはいえ、身にしみるほど思いなさるべき秋風ではないけれど、露っぽい時が多くお過ごしになる。
中宮は、お帰りになろうとするのを、今しばらくは〔三の宮を〕ご覧くださいとも、申し上げたくお思いになるけれど、賢しらな様子でもあり、内裏からの御使いが絶えないのも煩わしいので、そうも申し上げなさらないでいると、あちらへもお渡りになれないので、宮〔女三の宮〕がお渡りになったのであった。
〔宮の〕そばにいるのは心苦しいけれど、実際にお目にかからないのも甲斐がないといって、こちらに御設えを特別にさせなさる。「この上なく痩せ細っておいでだけれど、こうしてこそ、上品で優美なことの限りなさもまさって立派であった」と〔思われるほどで〕、過ぎ去った盛りの頃は匂い多く鮮やかで、この世の花の香りに例えられたほどだったが、今は限りなくいとおしく趣あるお姿で、世をかりそめに思う様子は比べるものなく心苦しく、なんとなくもの悲しい。
風が激しく吹き出した夕暮れに、前栽をご覧になるといって、脇息に寄りかかっていらっしゃるのを、院〔源氏〕がお渡りになって拝見なさって、
「今日は、とてもよく起きていらっしゃるようですね。この御前では、この上なくご気分も晴れ晴れしそうな様子ですよ」
と申し上げなさる。これほどの〔元気な〕隙があるのをも、とても嬉しいとお思い申し上げなさっているご様子をご覧になるのも、心苦しく、「ついに、どのように思い騒がれるだろう」と思うと、しみじみと悲しいので、置くと見る間もはかない、ともすれば風に乱れる萩の上の露のような命よ。
本当に、〔露は〕折り返って留まるはずもないのに、〔自分に〕例えられた時さえ堪えがたいものを、〔歌を〕お詠み出しになっても、ともすれば消えようと競う露のようなこの世で、後に残り先立つほどの時を経ずにいたいものだ。
といって、御涙を払いきれずにおいでになる。宮〔女三の宮〕が、秋風にしばしも留まらない露のような世を、誰が草葉の上だけのものと見ようか。
と歌を交わしなさるお姿どもは理想的で、見る甲斐があるにつけても、「こうして千年を過ごすことができればよいのに」と思われるけれど、心のままにならないことなので、引き留める術がないのが悲しかった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第40冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。