第41帖 幻 / 第12場面
夏の独詠
あらすじ・人物・読み方
暑い夏の日、源氏は池の蓮や撫子を一人で眺め、亡き紫の上を思い出して泣き暮らす。蛍や七夕の星逢にも心は紛れず、露の庭で独り歌を詠む。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
たいそう暑い頃、〔源氏は〕涼しい方で眺めておられると、池の蓮が盛りであるのをご覧になり、「どれほど多いことか」などと、まず〔紫の上を〕思い出されずにはおられず、ぼんやりと物思いに沈んでおられるうちに、日も暮れてしまった。ひぐらしの声が華やかであるのに、御前の撫子が夕日に映えるのを一人だけでご覧になるのは、まったく甲斐のないことであった。所在なく私が泣き暮らす夏の日に、まるで私を咎めるかのような虫の声が聞こえることだ。
蛍がたいそう多く飛び交うのも、「夕殿に蛍飛んで」と、いつものように、古い出来事もこうした筋のことにばかり口が馴れておられた。夜を知る蛍を見ても悲しいのは、時を選ぶこともなく起こってくる恋しい思いがあるからだった。
七月七日も、例年と変わったことが多く、管弦の御遊びなどもなさらず、所在なく眺めて暮らしておられ、星の逢瀬を見る人もいない。まだ夜が深いうちに、一人起きておられ、妻戸を押し開けになると、前栽の露がたいそう深く、渡殿の戸から通って見渡されるので、外へ出ておいでになり、七夕の逢瀬は雲の彼方のこととしてよそに見ているばかりで、別れてしまったこの庭には露がなお置き添わっている。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第41冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。