源氏物語 第41帖
幻 まぼろし
あらすじ
紫の上の死後、源氏は六条院に籠もって亡き人を偲び続ける。春の梅に兵部卿宮と歌を交わし、形見の紅梅や若宮の無心な言葉に涙しながら、入道の宮や明石の御方を訪ね、花散里とは衣更の贈答を交わす。賀茂祭の日には中将の君と葵の歌を詠み合い、夏は蛍や七夕に独り思いを深め、秋には紫の上の一周忌の法事で曼陀羅を供養して扇に歌を書く。文どもを焼き、仏名では導師と梅の歌を交わして、年の暮れに自らの世の終わりも近づいたことを詠む。
この帖の人物
場面 第1–5場面
第1場面春のはじめ、兵部卿宮との梅の贈答紫の上を失った源氏は、春の光にも悲しみが改まることなく御簾の内に籠もり、訪れた蛍兵部卿宮とだけ打ち解けて対面する。源氏は紅梅に寄せて、賞でる人もない宿へ春が訪れたことを詠み、宮は香りを慕って来た甲斐のなさを返歌に詠む。第2場面女房たちと紫の上の追憶二条院の女房たちは墨染の衣で紫の上を恋い慕い、源氏は独り寝の寂しさの中で、かつて紫の上が恨めしげに見えた折々を思い出して悔やむ。雪の暁に女房の口ずさむ声を聞き、その折の紫の上を偲んで、源氏は憂き世に時を過ごす悲しみを独詠する。第3場面独り寝の嘆きと中将の君源氏は手水と勤行で気を紛らわしながら独り寝の寂しさを語り、この世に未練はないと言いながらも、残される人々との別れを思って涙をこぼす。幼い頃から見知る中将の君を紫の上の形見の筋として愛しく思いながらも、人前に出ることを避け、御簾越しにしか対面しない日々が続く。第4場面后の宮と形見の紅梅后の宮は内裏に参り、三の宮を源氏の慰めとして残した。源氏は紫の上の形見である対の紅梅をとくに大切に世話する若宮の姿を愛しく眺める。如月、紅梅に鴬が鳴くのを見て、亡き人を偲ぶ歌を口ずさむ。第5場面春の庭と若宮春が深まるにつれ、源氏は変わらぬ庭の景色にも心を乱し、鳥の声も聞こえない山の奥への思いを強める。若宮が桜を散らすまいと工夫を語るのを微笑ましく見守るが、やがて訪れる別れを予感して涙ぐむ。亡き人が心を留めた春の垣根を眺め、源氏は悲しみに沈む。
場面 第6–10場面
第6場面入道の宮を訪ねる源氏は三の宮を連れて入道の宮のもとを訪れる。仏前で経を読む宮の静かな出家生活を羨ましく思い、紫の上の形見の山吹について語る。宮が何心なく口にした古歌の一節に、源氏は若い頃の藤壺への思いを呼び起こされ涙する。第7場面明石の御方との語らい夕暮れに源氏が明石の御方のもとを訪れ、出家への思いと、長年連れ添った紫の上に先立たれた悲しみを語る。御方は静かに源氏を引き留め、その思慮深い言葉に源氏は慰められながらも、亡き人への思慕はいっそう募る。第8場面明石の御方への文と返歌夜更けに帰った源氏は、翌朝、明石の御方へ仮の世のはかなさを詠んだ歌を添えた文を送る。御方は涙ぐみながら、長くお姿を見せない源氏への思いを苗代水の歌で返す。第9場面衣更の贈答夏の御方(花散里)は衣更えの装束を源氏に贈り、衣を替える日に寄せて長年の思いをほのめかす歌を添える。源氏は薄い夏衣に変わる今日からは空蝉の世がいっそう悲しいと返し、亡き人への喪失感をにじませる。第10場面賀茂祭と中将の君賀茂祭の日、源氏は手持ち無沙汰に祭の様子を思いやる。東面でうたた寝していた中将の君のそばの葵を取り上げて名を問うと、彼女は恥じらいながら名をほのめかす歌を詠む。源氏は葵に寄せて、世を捨ててもなお捨てきれない思いを返し、この一人だけは放しがたい様子を見せる。
場面 第11–15場面
第11場面五月雨、花橘とほととぎす五月雨の夜、源氏は花橘の香とほととぎすを待ちながら物思いに沈み、伺候した夕霧と紫の上の一周忌の供養について語り合う。待たれたほととぎすが鳴くと源氏は亡き人を偲んで詠み、夕霧は花橘の盛りを伝える歌で返す。夕霧はそのまま宿直し、紫の上の在りし日が思い出される。第12場面夏の独詠暑い夏の日、源氏は池の蓮や撫子を一人で眺め、亡き紫の上を思い出して泣き暮らす。蛍や七夕の星逢にも心は紛れず、露の庭で独り歌を詠む。第13場面一周忌の法事と扇の歌紫の上の一周忌が近づき、法事の準備に紛れる中でも、源氏の悲しみは尽きない。正日、中将の君の扇に一周忌を区切りとすることへの疑問を詠み、さらに扇を取りて自分の命の末と残る涙を書き添える。第14場面重陽の菊と神無月の幻九月九日、源氏は綿を覆った菊を眺め、かつて共に露に濡れた日々を一人で思う。神無月には雁の翼さえ羨ましく、夢にも現れない亡き人の魂の行方を幻に尋ねる歌を詠む。第15場面五節の君たちと文を焼く五節の頃、夕霧の君たちの無心な姿に源氏は昔を思い出す。出家を控え、亡き紫の上の文をはじめ残された手紙を見て涙し、二首を書きつけて皆焼かせた。
場面 第16–17場面
出典・底本
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第41冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。