第41帖 幻 / 第15場面
五節の君たちと文を焼く
あらすじ・人物・読み方
五節の頃、夕霧の君たちの無心な姿に源氏は昔を思い出す。出家を控え、亡き紫の上の文をはじめ残された手紙を見て涙し、二首を書きつけて皆焼かせた。
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現代語で読む
五節の節会などといって、世の中が何となく華やかな頃、大将殿〔夕霧〕の君たちが、童殿上をなさった子を連れて参上なさった。〔二人は〕同じくらいの年頃で、たいそう可愛らしい様子である。叔父の頭中将や蔵人少将なども、小忌の装いで、青摺の姿が清らかで見栄えがして、皆続いて、大切にもてなされながら、共に参上なさる。〔源氏が〕何の屈託もなさそうな様子どもをご覧になると、昔、卑しい身分だった頃の日蔭の鬘の折のことが、やはり思い出されずにはいらっしゃれない。
「宮中の人々は豊明の節会に急ぐ今日という日に、日蔭の鬘のことも知らずに過ごしてしまったことよ」〔古歌の引用〕。
「今年をこのように忍んで過ごしてしまったので、今はもう」と、〔源氏が〕出家なさる時期が近づいたとお考えになるにつけ、しみじみと悲しいことは尽きない。〔源氏は〕次第にしかるべき事どもをお心の中で考え続け、伺候する人々にも身分に応じて物を賜るなど、大げさに、今が最後というようにはなさらないが、近くに伺候する人々は、ご本意〔出家〕を遂げなさる気配と拝見するにつけ、年が暮れてゆくのも心細く、悲しいことは限りない。
残ってしまって不完全なものとなりそうな人のお手紙どもを、破れば惜しい、と思われていたのだろうか、少しずつ残していらっしゃったのを、何かのついでにご覧になって、破らせなさったりするうちに、あの須磨の頃に、あちこちから差し上げられたものもある中で、あの方〔紫の上〕のご自筆のものは、特に結び合わせてあった。
ご自身でしておかれたことではあるけれど、「久しくなった昔のこと」とお思いになると、ちょうど今書いたばかりのような筆跡などが、「本当に千年の形見にすべきだったのに、〔自分も〕見なくなるのだろうよ」とお思いになると、どうしようもなくて、親しい人々二、三人ほどに、御前で破らせる。
たいそう、こんなことでなくても、亡くなった人の筆跡と見るのはしみじみ悲しいのに、まして〔源氏は〕いっそう心がかき曇り、それとも見分けがつかないほど、降り落ちる涙が〔手紙の〕筆跡に流れ添うのを、人もあまりに心弱いと拝見するだろうことが、そばで見ていて恥ずかしいので、〔源氏は涙を〕押しやって、死出の山を越えてしまった人を慕うといって、その筆跡を見ながらも、なお心が迷ってしまうことよ。伺候する人々も、まともに広げて見ることはできないが、それとほのかに見えるにつけ、心の動揺は並々ではない。この世にいながら遠くないお別れの頃を、つらいとお思いになるままにお書きになった言葉は、本当にその折よりも抑えきれない悲しさで、慰めようがない。たいそう困ったことに、これ以上の心の乱れも、女々しくみっともなくなってしまいそうなので、よくもご覧にならず、細やかに書かれた〔文の〕そばに、かき集めて見ても甲斐がない藻塩草〔手紙〕よ、同じ雲居の煙となってしまえ。と書きつけて、〔源氏は文を〕皆焼かせなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第41冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。