ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第41帖 幻 / 第5場面

春の庭と若宮

あらすじ・人物・読み方

春が深まるにつれ、源氏は変わらぬ庭の景色にも心を乱し、鳥の声も聞こえない山の奥への思いを強める。若宮が桜を散らすまいと工夫を語るのを微笑ましく見守るが、やがて訪れる別れを予感して涙ぐむ。亡き人が心を留めた春の垣根を眺め、源氏は悲しみに沈む。

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現代語で読む

春が深まっていくにつれて、庭の様子が昔と変わらないのを、〔源氏は〕喜ばれる方ではないのに心が落ち着かず、何ごとにつけても胸が痛く思われなさるので、だいたいこの世の外のように、鳥の声も聞こえないであろう山の奥が慕わしくばかり、ますます思いが募りなさる。

山吹などが気持ちよさそうに咲き乱れているのも、〔源氏には〕にわかに涙ぐましくばかり見なされる。ほかの花は、一重が散って八重咲きの花桜は盛りを過ぎ、樺桜は開き、藤は遅れて色づくなどしているのを、その遅く咲く花と早く咲く花の性質をよく見分けて、さまざまに工夫を尽くして〔紫の上が〕植えておかれたので、時を忘れず香りが満ちているところに、若宮が、「わたしの桜は咲いた。どうにかして長く散らないようにしよう。木の周りに帳を立てて、帷子を上げなければ、風も吹き寄せられないだろう」と、賢く思いついた、と思っておっしゃる顔がたいそう可愛らしいのにも、〔源氏は〕思わず微笑まれなさる。

「〔花を〕覆うほどの袖を求めた人よりも、たいそう賢くお思いつきになったことよ」などと、この宮ばかりを相手に遊んでご覧になる。

「そなたに親しくお相手申し上げることも残り少なくなった。命というものが今しばらく続くとしても、対面はできまいよ」と言って、いつものように涙ぐまれなさると、〔若宮は〕たいそう嫌だと思われて、「乳母がおっしゃったことを、縁起でもなくおっしゃる」と言って、伏し目になって、〔源氏の〕御衣の袖を引き撫でたりしながら、気を紛らわせていらっしゃる。

〔源氏は〕隅の間の高欄に寄りかかって、庭も御簾の内も見渡して眺めなさる。女房たちも、あの形見の色が変わらない装いもあり、いつもの色合いのものもあるが、綾など華やかではない。ご自身の御直衣も、色は世の常だが、ことさら質素にして、無紋のものをお召しになっている。お部屋の調度なども、たいそう簡素に切り詰めて、寂しく心細げに静まりかえっているので、今はもうと言って、亡き人が心を留めた春の垣根を、荒れるに任せてしまおうか。〔源氏は〕人一倍悲しく思われなさる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第41冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。