第41帖 幻 / 第6場面
入道の宮を訪ねる
あらすじ・人物・読み方
源氏は三の宮を連れて入道の宮のもとを訪れる。仏前で経を読む宮の静かな出家生活を羨ましく思い、紫の上の形見の山吹について語る。宮が何心なく口にした古歌の一節に、源氏は若い頃の藤壺への思いを呼び起こされ涙する。
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たいそう所在ないので、入道の宮のお住まいにお渡りになると、若宮も人に抱かれておいでになり、こちらの若君と走り回って遊び、花を惜しみなさる様子も深くはなく、たいそう幼い。
宮は、仏の御前で、経をお読みになっていた。それほど深く発心なさったわけでもなかったが、この世に恨めしくお心が乱れることもおありでなく、のどかなままに、ひたすらお勤めになって、一途に世を思い離れていらっしゃるのも、たいそう羨ましく、「このように出家なさった女のご志にさえ後れてしまったことよ」と〔源氏は〕残念に思われる。
閼伽の花が夕日に映えてたいそう美しく見えるので、「春に心を寄せていた人がいなくて、花の色も興ざめにばかり見えますが、仏のお飾りとしてこそ見るべきでした」とおっしゃって、「対の前の山吹こそ、やはり世にない花の様子です。房の大きさなど。品が高くなどと置いておける花でしょうか、華やかで賑やかな方は、たいそう見事なものでした。植えた人がいない春とも知らない顔で、例年よりも香りを重ねているのが、しみじみと感じられます」とおっしゃる。〔宮の〕お返事に、
「谷には春も」と、何の気なしにおっしゃるのを、「今年もまた、つらいことよ」と思われるにつけても、「まず、このような他愛ないことについて〔おっしゃる時〕は、その言葉がまったくその通りになるだろう、と思うのに、違う節がなくても終わってしまったな」と、幼かった頃からの〔宮の〕ご様子を、「さて、何事があったか」と思い出されるにつけては、まず、その折あの折、才気走って優しく、魅力に満ちた心ばえや振る舞い、言葉ばかりが思い続けられなさるので、いつもの涙もろさから、ふとこぼれ出てしまうのもたいそうつらい。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第41冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。