ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第42帖 匂兵部卿 / 第2場面

六条院のその後

あらすじ・人物・読み方

六条院に集まっていた御方々は、それぞれの住まいへ移ってゆく。入道の宮は三条の宮に移り、院のうちは整え直され、世の人々は亡き院を恋い慕う。

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現代語で読む

さまざまに集まっておいでだった御方々が、泣く泣く最後にお住まいになるべき住処へ、皆それぞれお移りになった中で、花散里と申し上げた方は、東の院を、〔源氏の〕御処分の場所としてお移りになったのであった。

入道の宮〔朱雀院〕は、三条の宮にお住まいである。今后は、内裏にだけお仕えしているので、院のうちは寂しく、人少なになってしまったのを、右の大臣〔夕霧〕は、「人の身の上で、昔の例を見聞きしても、生きている限りの世に、心をとどめて造り占めた人の住まいが、名残なく打ち捨てられて、世の名残も常ならず見えるのは、たいそうしみじみと、はかなさが知られるものだが、私の世にある限りだけでも、この院を荒らさず、周辺の大路などに、人影が絶え果てることはあるまい」と、お思いになりおっしゃって、丑寅の町に、あの一条の宮をお移し申し上げなさって、三条殿と〔称し〕、夜ごとに十五日ずつ、きちんと通ってお住まいになったのであった。

二条院といって造り磨き、六条院の春の御殿といって世に評判の玉の台も、ただ一人の御末〔匂宮〕のためであったのだな、と見えて、明石の御方は、数多い宮たちの御後見をなさりながら、お世話申し上げていらっしゃった。大殿〔夕霧〕は、どなたの御ことも、昔の〔源氏の〕御心づかいのままに、改め変えることなく、広い親心でお仕え申し上げなさるにつけても、「対の上〔紫の上〕が、このように〔生きて〕とどまっておいでだったら、どれほど心を尽くしてお仕えし、お目にかかり申し上げたことだろう。ついに、ほんの少しも特別に、私の心寄せと見知ってくださるような節もなくて、お亡くなりになったこと」を、残念で飽くことなく悲しく思い出し申し上げなさる。

天下の人々は、院〔源氏〕を恋い申し上げない人はなく、何につけても、世はまるで火を消してしまったように、何ごとにも栄えのない嘆きをしない折はなかった。まして、邸のうちの人々や、御方々、宮たちなどは、言うまでもなく、限りない〔源氏の〕御事はもちろんのこと、またあの紫の上の御様子を心にしみ込ませながら、万事につけて、思い出し申し上げない時はなかった。春の花の盛りは、まことに、長くないものだけに、いっそう感じ入るものであるよ。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第42冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。