第43帖 紅梅 / 第5場面
夕霧の訪問と琵琶の音
あらすじ・人物・読み方
夕霧は大納言邸の姫君たちの御容貌を見たいと覗き歩くが、片端さえ見ることができない。簾越しに聞く姫君の声や気配に感心し、わが姫君たちにも劣るまいと思いながら、音楽の伝統を語って中の君の琵琶を賞し、演奏を促す。女房たちの遠慮のない様子に、夕霧は腹を立てる。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
〔夕霧は〕どちらの姫君にも分け隔てなく親しみなさるが、御容貌を見たいと興味深くお思いになって、「お隠れになるのが情けない」と恨んで、「人知れず、お姿が見えるだろうか」と、覗き歩きなさるが、まったく片端さえも、拝見することがおできにならない。
「上〔大納言〕がいらっしゃらない間は、〔私が〕代わりに参上すべきなのに、疎々しく区別なさるご様子なので、情けないことです」
などと申し上げて、御簾の前にお座りになると、〔姫君の〕お返事などが、かすかに聞こえなさる。お声や気配などが、上品で趣深く、様子や御容貌が思いやられて、しみじみと感じられるお方のご様子である。〔夕霧は〕わが姫君たちを、人に劣らないと思い誇っているが、「この君に、〔わが姫君たちは〕とても勝てないのではないか。だからこそ、世の中の広いうちは煩わしいのだ。並ぶ者はないと思うのに、勝る方も自然といるものらしい」などと、ますます興味深くお思い申し上げなさる。
「この月ごろ、何となく騒がしい折に、〔あなたの〕琵琶の音さえ拝聴せずに久しくなってしまいました。西の方にいらっしゃる人は、琵琶に心を入れておられますが、あれほど見事に真似て弾き取れるとは思えましょうか。中途半端にすると、聞きにくいものの音色です。どうせなら、お心を留めて教えてください。
翁〔私〕は、とくに習ったものはございませんでしたが、昔、盛りの頃に演奏した力でしょうか、聞いて分かる程度の心得は、何事についてもたいそう不似合いではなかったのですが、打ち解けては演奏なさらないものの、時々拝聴する〔あなたの〕琵琶の音は、昔を思い出させます。
故六条院のご伝授を受けて、右の大臣〔夕霧〕こそ、この頃世に残っていらっしゃる。源中納言や兵部卿宮は、何事にも昔の人に劣らないよう、たいそう縁深くていらっしゃる方々で、音楽の方面はとくに心を留めていらっしゃるが、手の使い方が少し柔らかく撥の音などは、大臣には及びなさらないと思うのですが、この〔あなたの〕琵琶の音は、たいそうよく〔伝統を〕身につけていらっしゃいます。
琵琶は、押さえる手を静かにするのをよいとするものですが、柱を立てるほどに撥の音の様子が変わって、優美に聞こえるのが、女性の演奏として、かえって趣がありました。さあ、演奏なさいますか。お琴〔琵琶〕を持って参りなさい」
とおっしゃる。女房たちは、〔姫君を〕お隠し申し上げることもほとんどできない。たいそう若い上臈のような〔女房〕で、お見せ申し上げまいと思う者までが、心のままに座っていたので、「お仕えする人までがこんな扱いをするのは、腹立たしい」と〔夕霧は〕お腹立ちになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第43冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。