第45帖 橋姫 / 第5場面
宮の来歴と宇治への移住
あらすじ・人物・読み方
八の宮は源氏の弟君であったが、朱雀院の大后の画策によって冷泉の東宮と対立する立場に置かれ、世に交わる道を閉ざされた。やがて邸が焼け、移り住むによい所もなく、宇治の山里へ移られる。川の音や霧に包まれた暮らしの中で、亡き人々を偲ぶ宮の歌が置かれる。
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現代語で読む
源氏の大殿のご弟君でおられたが、冷泉院が東宮でおられた時、朱雀院の大后が、筋の通らないことを思い企てて、この宮を世に跡継ぎとして立たせるべく、ご自分の時代に大切にお育て申し上げる騒ぎがあったために、むやみに、あちら様とのご関係では、切り離されてしまわれたので、ますますあの方の跡継ぎとして決まってしまった世の中で、人とお交わりになることもできなかった。また、この年頃は、このように聖に徹して、今はもう極みと、万事をお捨てになっている。
こうしているうちに、お住まいの宮邸が焼けてしまった。ますますひどい世の中で、思いがけなくあっけなく、移り住まれるによい所もなかったので、宇治という所に、格式のある山里をお持ちだったのに移られる。思い捨てておられる世の中だけれど、今はと住み離れようとするのを、しみじみとお思いになる。
網代の気配が近く、耳に騒がしい川のほとりで、静かな思いにそぐわない面もあるけれど、どうしようもない。花や紅葉、水の流れにも、心を慰めるよすがとして、ますます眺めておられるよりほかにすることはない。このように世を絶って籠もった野山の末でも、「昔の人(亡き北の方)がおられたら」と、お思い申し上げない折はなかった。
見知った人も住まいも煙になってしまったのに、どうして我が身だけが消え残ってしまったのだろう。生きる甲斐もなく、思い焦がれておられるのである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。