ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

源氏物語 第45帖

橋姫 はしひめ

あらすじ

世に重んじられなくなった古宮・八の宮は、北の方を亡くし、宇治の山里で二人の姫君(大君・中の君)を育てながら、聖のような暮らしを送っていた。阿闍梨を介して冷泉院と歌を交わし、やがて宰相中将・薫が法の教えを求めて訪れるようになる。秋の夜、薫は姫君たちの琴の音に心を移し、垣間見と歌の贈答を重ねる。老女・弁の君の昔語りから、薫は亡き柏木の遺文を手にし、自らの出生にまつわる秘密を知る。

この帖の人物

場面 第1–5場面

第1場面世に数まへられぬ古宮その頃、世に重んじられなくなった古い宮がおられた。母方も高貴で将来を嘱望されたが、時勢の移り変わりに翻弄され、後見にも恵まれず、公私ともに頼るところなく世を離れて暮らしておられた。北の方は昔の大臣の娘で、夫婦は世に二つとない契りを頼みに睦み合っていたが、子に恵まれない年月が続いた。ようやく女君が生まれ、続いてもう一人の女君が生まれたが、北の方は病み衰えて亡くなった。宮は嘆き悲しみ、幼い姫君たちを一人で育てる覚悟を固められる。第2場面宮の行ひと姫君たちの成長姫君は静かで奥ゆかしい気立てで、弟宮である若君はおっとりとして愛らしい。家は次第に寂れ、仕える人々も散り散りになり、幼い若君の乳母までが去って、宮ご自身が二人を育てられる。荒れゆく邸で宮は仏の飾りだけを整えて日々を送り、世を離れる思いを深められる。人々は宮の出家同然の暮らしを非難するが、宮はお聞き入れにならない。念誦の合間には君たちに琴や碁を教え、その心ばえを御覧になる。第3場面水鳥の歌亡き北の方を偲ぶ宮の歌に、姫君(大君)と若君(中の君)が手習のように歌を書きつける。姫君は巣立つ水鳥の契りを詠み、若君は巣守になる覚悟を詠んで、宮を慰める。君たちは琵琶と箏の琴を習い合わせ、その音色は幼いながらも趣深い。第4場面薫の素性場面は転じて薫の君の紹介となる。父母に早く後れ、しっかりした後見もなく、音楽のほかには才能を伸ばす機会も乏しかったが、生まれつきおおらかで上品な人柄で、雅楽寮の楽人たちを召し寄せては楽の道に優れた腕前を身につけていった。第5場面宮の来歴と宇治への移住八の宮は源氏の弟君であったが、朱雀院の大后の画策によって冷泉の東宮と対立する立場に置かれ、世に交わる道を閉ざされた。やがて邸が焼け、移り住むによい所もなく、宇治の山里へ移られる。川の音や霧に包まれた暮らしの中で、亡き人々を偲ぶ宮の歌が置かれる。

場面 第6–10場面

第6場面宇治の阿闍梨宇治山に住む阿闍梨は、学識深く世の覚えも高いが、山に籠もって勤める僧であった。近所に移ってきた宮は阿闍梨のもとで法文を読み習い、その教えにますますこの世の儚さを知らされる。宮は、幼い姫君たちを見捨てがたい後ろめたさばかりに、出家の姿に改められないのだと阿闍梨に語られる。第7場面冷泉院の御前での奏上阿闍梨は冷泉院にも親しく仕えていた。宮中に出たついでに八の宮の深い悟りを奏上すると、院は姫君たちの行く末を気遣われる。その場に仕えていた宰相中将(薫)は、自分の道心の浅さを思い知らされ、俗の身のままで聖のような心を持つ宮の在り方に、強く耳をとどめる。第8場面院と宮の歌の贈答院は言伝に歌を贈って宮を慰め、宮は宇治山の仮住まいを詠んで返す。その謙虚な聖の態度に院はかえって世への恨みを読み取られる。阿闍梨は中将(薫)の深い道心を宮に伝え、宮は若くして後世を思う薫の稀有さを認めて、消息を通わせ合う仲となる。第9場面薫、宮を訪ねて法を聞く実際に訪ねてみると、宮の住まいは聞いていた以上に侘しく仮の草庵で、障子一つを隔てて姫君たちがおられる気配が伝わる。薫は好き心を抑えて宮と親しく交わり、法の教えを受ける。三年ほどの交わりの中で、宮の住まいには冷泉院からの消息も届くようになり、人の目に触れる時も出てきた。第10場面秋の宇治行き秋の末、宮が阿闍梨の寺の堂に移って七日の念仏を勤める間、姫君たちは心細く過ごしていた。久しく参らないことを思い出した中将(薫)は、有明の月の夜更けに、供もなく身をやつして宇治へ向かう。霧に分け入る山路で露に濡れ、独り涙のもろさを詠む。

場面 第11–15場面

第11場面垣間見宿直人に宮の不在を告げられた薫は、帰るに忍びず、宿直人の案内で透垣の戸から内を覗く。月の光に浮かぶ姫君たちの姿、琵琶と琴をめぐる他愛ない言い交わしに、薫の心は強く動かされる。やがて人の気配に姫君たちは簾を下ろして隠れる。第12場面御簾の前の対話車を呼ばせた薫は御簾の前に進み、長年の思いを真面目に語りかける。大君がほのかに答えるが、応答に困って老女(弁の君)を起こし出す。老女は薫の姿と香に昔を思い出して泣き、言い残しかけた昔語りをほのめかして、薫の心を強く引きつける。第13場面老い人のほのめかし老女は、亡き権大納言(柏木)の乳母の娘・弁の素性をほのめかし、柏木が今はの際に言い残した秘密の一端を、今はまだ語りきれぬと泣く。薫は残りを聞く約束をして帰りを急ぐ。霧の中に佇む薫の独詠に、大君のほのかな返しが届く。第14場面橋姫の歌姫君の側からのほのかな返歌を受け、薫は帰りがたく思いながらも硯を召して帖名にゆかりの歌を書き、宿直人に持たせる。大君は宇治川の棹の雫に寄せて返歌を書き、添えた一言とともに、薫の心に深く残る。第15場面帰京と文のやりとり帰京した薫は、老女の物語が心にかかり、姫君たちの奥ゆかしさが面影に残る。謹んだ文を姫君たちへ送り、老女に残りの話を促すよう言付け、宿直人への心づけや、山籠もりの僧たちへの布施も忘れない。宿直人は薫の脱ぎ捨てた衣の移り香に、人々から咎められ羨まれる。

場面 第16–19場面

第16場面三の宮との対話薫は三の宮(匂宮)に宇治の暁の様子を詳しく語り、姫君たちの返歌まで見せないことを恨まれる。宮は薫の深い思い入れを面白がり、もっと様子を見てくるよう勧めるが、薫は世に心を留めまいとする身の上を語って慎重な態度を崩さない。心の内では、老女のほのめかした秘密のことが強く意識されている。第17場面十月の宇治参り十月、薫は網代見物を退けて忍びやかに宇治へ参る。宮は喜んで饗応し、夜更けには旧い文を前に阿闍梨も交えて義を講じ合う。明け方、薫は姫君たちの琴の音の残りを聞きたいと願い、宮自ら琵琶を弾いて客人を促すが、姫君たちは応じない。宮は残り少ない命を思い、姫君たちの行く末を薫に託す心をほのめかす。第18場面弁の君の昔語り暁、宮の勤行の間に薫は老女を召し出す。姫君たちの後見として仕える弁の君は、亡き権大納言(柏木)の最期の様子を語り始め、薫の出生にまつわる秘密を涙ながらに明かしていく。弁は柏木から託された文の束を取り出して差し出す。第19場面柏木の遺文帰京した薫はまず袋を開ける。柏木と女三の宮の文のやりとりと、臨終の柏木が乱れた筆で書き残した二首の歌と、薫の行く末を案じる言葉が残されていた。その痛切な筆跡に薫は心を乱し、女三の宮の御前では思いを籠めて過ごす。

出典・底本

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。