第52帖 蜻蛉 / 第13場面
八講の夕暮
あらすじ・人物・読み方
一品の宮の御八講の後、薫は女一の宮の姿を垣間見て、亡き人々の面影を重ねて心を乱す。翌朝、大宮へ参る。
原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
蓮の花の盛りに、御八講がされる。六条の院の御ため、紫の上など、皆思い分けつつ、御経仏など供養せさせなさって、厳しく、尊くあった。五巻の日などは、素晴らしい見物だったので、こちらあちら、女房に付いて参って、物見る人が多かった。
五日という朝座に果てて、御堂の飾りを取り除け、御設えを改めるのに、北の廂も、障子共を放っていたので、皆入り立ち繕うほど、西の渡殿に姫宮がいらっしゃった。物聞き極めて、女房も各々局にありつつ、御前はひどく人少なな夕暮に、大将殿は、直衣を着替えて、今日退出する僧の中に、必ず仰るべき事があるので、釣殿の方へいらっしゃったのに、皆退出してしまうと、池の方に涼みなさって、人少ななのに、このように言う宰相の君などが、かりそめに几帳などばかり立てて、うち休む上局にしていた。
「ここだろうか、人の衣の音がする」と思いなさって、馬道の方の障子が細く開いていたところから、そっと御覧になると、例そのような人のいた様子には似ず、晴れ晴れしく設えていたので、なかなか、几帳どもの立て違えた間から見通されて、露わだ。
氷を物の蓋に置いて割るといって、持て騷ぐ人々、大人三人ばかり、童と居た。唐衣も汗衫も着ず、皆うち解けているので、御前とは御覧にならないのに、白い薄物の御衣を着替えなさった人が、手に氷を持ちながら、このように争うのを、少し笑みなさった御顔、言いようなく美しげだ。
ひどく暑さの堪え難い日なので、こちたい御髪が、苦しく思われるのだろうか、少しこちらに靡かして引かれたほど、例えるものがない。「ここら良い人を見集めるけれど、似るべくもなかった」と思われる。御前である人は、まことに土などの心地ぞするのを、思い静めて見ると、黄な生絹の単衣、薄色な裳を着た人が、扇うち使ったなど、「用意あるわよ」と、ふと見えて、
「なかなか、物扱いに、ひどく苦しげだ。ただ、そのまま御覧なさいよ」
と言って、笑った目もと、愛敬づいていた。声を聞くと、この心ざしの人とは知った。
心強く割って、手ごとに持っていた。頭にうち置き、胸に差し当てなど、様悪くする人もあるだろう。他の人は、紙に包んで、御前にもこのように参らせていたけれど、ひどく美しい御手を差しやりなさって、拭わせなさる。
「いえ、持たない。雫がむつかしい」
と仰る御声、ひどくほのかに聞くも、限りもなく嬉しい。「まだひどく小さくいらっしゃったほどに、我も、物の心も知らないでお見申し上げた時、目出度い稚児の御様子よ、とお見申し上げた。その後、絶えてこの御気配をさえ聞かなかった物を、どのような神仏が、このような折に見せなさるのだろう。例の、安からず物思わせようとするのだろうか」
と、かつは静心なくて、守り立っていたほどに、こなたの対の北面に住んでいた下臈女房が、この障子は、急な事で、開けながら下りたのを思い出して、「人も見つけて騷がれる」と思ったので、惑い入る。
この直衣姿を見つけるのに、「誰なのだろう」と心騷ぎして、我が様が見えることもしらず、簀子からただ来に来ると、ふと立ち去って、「誰とも見えまい。好き好きしい様だ」と思って隠れなさってしまった。
この御許は、
「悲しい業だな。御几帳をさえ露わに引きなしていたよ。右の大殿の君たちだろう。疎い人、また、ここまで来べきでもない。物の聞こえがあれば、誰か障子は開けていたと、必ず出て来るだろう。単衣も袴も、生絹らしいと見えた人の御姿なので、人も聞きつけなさらないのだろうよ」
と思い極めておる。
あの人は、「ようやく聖になった心を、一節違い始めて、さまざまなる物思う人ともなるなあ。その昔に世を背いてしまったなら、今は深い山に住み果てて、このように心乱れるだろうか」など思い続けるのも、安からず。「どうして、年ごろ、お見申し上げたいと思っていたのだろう。なかなか苦しく、甲斐なかるべき業にこそ」と思う。
翌朝、起きなさった女宮の御容貌、「ひどく風情げであるのは、これより必ず勝るべきことか」と見えながら、「さらに似なさらないこそあった。浅ましいまで上品に、言いようもなかった御様子だなあ。片方は思いなしか、折からか」と思いなさって、
「ひどく暑いよ。これより薄い御衣を差し上げよ。女は、例ならぬ物を着たのが、時々に付けて風情がある」と言って、「あなたに参って、大弐に、薄物の単衣の御衣を、縫って参れと言え」
と仰る。御前である人は、「この御容貌の素晴らしい盛りにおいでのを、持て囃し申し上げなさる」と風情に思っていた。
例の、念誦しなさる我が御方においでなどして、昼つ方お渡りになると、仰っていた御衣が、御几帳にうち掛けていた。
「どうして、これは差し上げないのですか。人が多く見る時、透いた物を着るのは、暴俗に思われます。ただ今はあえてします」
と言って、手ずから着せ差し上げなさる。御袴も昨日の同じ紅だ。御髪の多さ、裾などは劣りなさらないけれど、なおさまざまであるのだろうか、似るべくもない。氷を召して、人々に割らせなさる。取って一つ差し上げなどしなさる、心の内も風情がある。
「絵に描いて、恋しい人を見る人の、慰めはあるのだろうか。ましてこれは、慰めよう似げない御ほどだよと思えど、昨日このようにて、我も混じりいて、心に任せてお見申し上げていたなら」と思われるのに、心にもなくうち嘆かれる。
「一品の宮に、御文は差し上げなさるか」
と申し上げなさると、
「内裏にあった時、主上の、そのように仰ったので申し上げたけれど、久しくそうもない」
と仰る。
「ただ人におなりになったといって、彼からも申し上げさせなさらないのにこそ、心憂いそうです。今、大宮の御前にて、恨み申し上げさせなさる、と啓しましょう」
と仰る。
「どう恨み申し上げよう。情けない」
と仰ると、
「下臈になってしまったといって、思い落とすらしい、と見れば、驚かし申し上げない、とこそは申し上げましょう」
と仰る。
その日は暮らして、またの朝に大宮へ参りなさる。例の、宮もいらっしゃった。丁子に深く染めた薄物の単衣を、細やかな直衣に着なさった、ひどく好ましげな女の御身なりの目出度かったのにも劣らず、白く清らで、なお以前よりは面痩せなさった、ひどく見る甲斐がある。
覚えなさっていると見るのにも、まず恋しいのを、ひどくあるまじきこと、と静めるのが、ただであった時よりは苦しい。絵をひどく多く持たせて参りなさっていた、女房をして、あなたに参らせなさって、お渡りになった。
大将も近く参り寄りなさって、御八講の尊くあったこと、昔の御事、少し申し上げつつ、残っていた絵を御覧になる次いでに、
「この里に物しなさる皇女が、雲の上を離れて、思い屈しなさっているこそ、痛々しく御覧になります。姫宮の御方から、御消息もありませんのを、このように品が定まりなさったのに、思い捨てさせなさっているように思いして、心行かない様子ばかりありますのを、このような物、時々物せさせなさりましょう。私が下ろして持って参りましょう。また、見る甲斐もないでしょうよ」
と仰ると、
「不思議に。どうしてお捨て申し上げなさろう。内裏では、近かったのに付いて、時々も申し上げなさるようだったのを、所々におなりになった折に、途絶えなさったにこそあろう。今、唆し申し上げよう。それからもどうしてか」
と申し上げなさる。
「彼からは、どうしてか。もとより数えさせなさらないのをも、このように親しくて仕えるべき縁に寄せて、思い召し数えさせなさるのをこそ、嬉しくあるべきだ。まして、そのように申し上げ慣れなさってしまったのを、今お捨てさせなさるのは、辛いことにあります」
と啓せさせなさるのを、「好きばんだ様子があるか」とは思いかけなかった。
立ち出て、「一夜の心ざしの人に会おう。あった渡殿も慰めに見ようよ」と思いなさって、御前を歩み渡って、西ざまにいらっしゃるのを、御簾の内の人は心特に用意する。げに、ひどく様よく限りない持て成しで、渡殿の方は、左の大殿の君たちなど居て、物言う気配がするので、妻戸の前に居なさって、
「大方には参りながら、この御方の見参に入ることの、難くありますので、ひどく覚えなく、翁び果ててしまった心地がしますのを、今よりは、と思い起こしまして。若作りでなく、若い人どもぞ思うのだろうよ」
と、甥の君たちの方を見やりなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。