第52帖 蜻蛉 / 第15場面
二の宮の歌と侍従の行方
あらすじ・人物・読み方
二の宮は女一の宮への思いを歌に託そうとして控える。匂宮は侍従を呼び寄せようとする。
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その後、姫宮の御方から、二の宮に御消息があった。御手などの、ひどく美しげなのを見るのにも、ひどく嬉しく、「このようにてこそ、早く見るべきだった」と思われる。
数多風情がある絵どもが多く、大宮も差し上げさせなさった。大将殿は、うち勝って風情があるどもを集めて、参らせなさる。芹川の大将の遠君が、女一の宮を思いかけた秋の夕暮に、思い煩って出て行った画、風情に描いたのを、ひどくよく思い寄せられるよ。「これほど思い靡く人があったなら」と思う身ぞ口惜しい。
荻の葉に露を吹き結ぶ秋風も、夕方はとりわけ身にしみることだ。
と書きしても添えたく思われるけれど、
「そのような露ばかりの様子でも漏れていたら、ひどく煩わしげな世なので、儚いことも、ほのめかし出せまい。このように万事に何やかやと、物思いの果ては、昔の人が物しなさっていたら、どうにもどうにも他ざまに心を分けただろうか。
時の帝の御女を賜っても、得申し上げなかっただろう。また、そう思う人があるとお聞きになりながらは、このようなこともなかっただろうのを、なお心憂く、我が心乱しなさった橋姫だなあ」
と思い余っては、また宮の上に取りかかりして、恋しくも辛くも、わりない事ぞ、滑稽なまで悔しい。これに思い煩って、差し次には、浅ましくて亡くした人が、ひどく心幼く、滞る所なかった軽々しさをば思いながら、さすがに悲しいと物を、思い入ったほど、我が様子が例ならずと、心の鬼に嘆き沈んでいた有様を、お聞きになったのも思い出されつつ、
「重々しい方でなく、ただ心安く可愛い語らい人でいさせよう、と思ったのには、ひどく可愛かった人を。思い持ってゆけば、宮をも思い申し上げまい。女をも憂しと思わない。ただ我が有様の世離れした怠りだ」
など、眺め入りなさる時々が多い。
心のどかに、様よくいらっしゃる人でさえ、このような筋には、身も苦しいことがおのずから混じるのを、宮は、まして慰めかねつつ、あの形見に、飽かない悲しさを物仰るべき人さえないのを、対の御方ばかりこそは、「あはれ」など仰るけれど、深くも見慣れなさらなかった、うちつけの睦びなので、ひどく深くしも、どうしてかあろう。また、思われるままに、「恋しいよ、悲しいよ」など仰るのには、傍ら痛いので、あちらにあった侍従をぞ、例の、迎えさせなさった。
皆人どもは行き散って、乳母とこの人二人、取り分け思いなさったのも忘れ難くて、侍従はよそ人だけれど、なお語らってあり経るのに、世離れした川の音も、嬉しい瀬もあるかと頼んだほどこそ慰めたけれど、心憂く悲しく物恐ろしくばかり思われて、京に、不思議な所に、この頃来ていたのを、尋ねなさって、
「このように仕えよ」
と仰ると、「御心はそのような物で、人々の言うことも、その筋の事が混じったあたりは、聞きにくいこともあろう」と思うと、受け引き申し上げない。「后の宮に参ろう」と思い向けていたので、
「ひどく良いだろう。そうして人知れず思いお使いになる」
と仰せさせた。心細く寄る辺ないのも慰めるかといって、知る便りを求め参った。「汚げなくて宜しい下臈だ」と許して、人も誹らない。大将殿も常に参りなさるのを見るたびごとに、物ばかりあはれだ。「ひどくやんごとなき物の姫君ばかり、参り集まっていた宮」と人も言うのを、ようやく目を留めて見ると、「お見申し上げた人に似ているのはなかった」と思い歩く。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。