第52帖 蜻蛉 / 第6場面
石山の薫、報せを聞く
あらすじ・人物・読み方
入道の宮の病で石山に籠もる薫は、荘の人から浮舟の死を聞き、悲嘆に暮れる。匂宮も悲しみに沈んで病む。
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大将殿は、入道の宮が患いなさっていたので、石山に籠もりなさって、騷ぎなさる頃だった。それで、ますますあちらを心もとなくお思いだったけれど、はかばかしく、「そのようだ」と言う人がなかったので、このような悲しいことにも、まず御使のないのを、人目も心憂いと思うのに、御荘の人が参って、「これこれ」と申させたので、浅ましい心地しなさって、御使、その次の日、まだ早朝に参っていた。
「悲しいことは、聞くまますぐ自分もすべきなのに、このように患いなさる御事により、慎みして、このような所に日を限って籠もっているので。昨夜のことは、どうして、ここに消息して、日を延べてもそのようなことはするものを、ひどく軽々かな様子で、急ぎさせられたことだ。どうあっても、このようにも、同じ言い甲斐なさだけれど、とぢめの事をこそ、山賤らの誹りさえ負うのは、こちらのためにも辛い」
など、あの睦ましい大蔵大輔をして仰っていた。御使の来たのにつけても、ますます悲しいのに、申し上げる方ないことどもなので、ただ涙に溺れたばかりを可笑しなことにして、はかばかしくも応えやらずなった。
殿は、なお、ひどくあえなく悲しいとお聞きになるのにも、
「心憂かった所だな。鬼などか住むのだろう。どうして、今までそのような所に据えていたのだろう。思わない筋の紛れがあるようだったのも、このように放ち置いたのに、心安くて、人が言い犯しなさるのだろうよ」
と思うのにも、我が手緩い世離れした心ばかり悔しく、御胸が痛くお思いになる。患わせなさるあたりに、このようなことを思い乱れるのも情けないので、京においでになった。
宮の御方にもお渡りにならず、
「仰々しいほどでもありませんが、忌々しいことを近く聞いたので、心の乱れがあるほども忌み忌みしくて」
など申し上げなさって、尽きずに儚く悲しい世を嘆きなさる。あった様子容貌、ひどく愛敬づいて、風情があった様子などが、ひどく恋しく悲しいので、
「現の世には、どうしてこのようにも思い晴れず、のどかに過ごしたのだろう。ただ今は、さらに思い静める方がないままに、悔しいことの数が知れない。このようなことの筋につけて、ひどく物すべき宿世であった。様異に心ざした身の、思いの外に、このように例の人として長らえるのを、仏などが憎いと御覧になるのだろうか。人の心を起こさせようといって、仏のしなさる方便は、慈悲をも隠して、このようにこそあるのだろう」
と思い続けなさりつつ、行いをばかりしなさる。
あの宮もまた、まして、二、三日は物も覚えなさらず、現心もない様子で、「どのような御物の怪なのだろう」など騷ぐのに、ようやく涙を尽くしなさって、思い静まるのにこそ、あった様子は恋しく悲しく思い出されなさった。人には、ただ御病の重い様子ばかり見せて、「このようにすぞろな嫌めの様子を知らすまい」と、賢く持て隠すとお思いだったけれど、おのずからひどく知れていたので、
「どのようなことにこのように思い惑い、御命も危ういほど沈みなさるのだろう」
と言う人もあったので、あの殿にも、ひどくよくこの御様子をお聞きになるのに、「やはりそうだ。なお、よその文通しのみではなかったのだ。御覧になれば、必ずそうお思いになるべき人だよ。長らえたなら、ただであるよりぞ、我ためには愚かなことも出て来るだろう」とお思いになるのに、焦がれる胸も少し冷める心地しなさった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。