ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第52帖 蜻蛉 / 第7場面

薫、匂宮を見舞う

あらすじ・人物・読み方

薫は病む匂宮を見舞い、宇治の姫君への秘めた思いをほのめかして語る。匂宮は涙をこらえきれない。

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蜻蛉・第7場面0 / 24
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宮の御訪らいに、日々に参りなさらない人はなく、世の騷ぎとなっている頃、「仰々しい際ではない思いに籠もりいて、参らないのも僻みたるだろう」と思いなさって参りなさる。

その頃、式部卿宮と申し上げる方もお亡くなりになったので、御叔父の服で薄鈍なのも、心の内にあはれに思い寄せられて、付き付きしく見える。少し面痩せて、ますます艶やかなことが増しなさった。人々がまかり出て、静かな夕暮である。

宮は、臥し沈んでは泣く御心地なので、疎い人にこそ会いなさらないが、御簾の内にも例入る人には、対面しなさらないでもない。見えなさるのも合わなく慎ましい。御覧になるにつけても、ますます涙がまず塞き難いのをお思いになるけれど、思い静めて、

「仰々しい心地もありませんのを、皆人、慎むべき病の様子だ、とばかり物するので、内裏にも宮にも思い騒がれるのがひどく苦しく、げに、世の中の常ないのをも、心細く思いします」

と仰って、押し拭い紛らわしなさろうと思われる涙が、そのまま滞らず振り落ちると、ひどくはしたないけれど、「必ずしもどうして心得ようか。ただ女々しく心弱いと見えるのだろうか」と思われるのも、「そうだ。ただこの事をばかり思いなさるのだった。いつからなのだろう。我をどのように可笑しいと、物笑いしなさる心地に月ごろ思い渡しなさったのだろう」

と思うのに、この君は、悲しさを忘れなさっているのを、

「この上なくも、愚かであるなあ。物の切に思われる時は、ひどく関係ないことに付けても、空飛ぶ鳥の鳴き渡るのにも、催されてこそ悲しい。我がこのようにすぞろに心弱いのに付けても、もし心得たなら、それ言うほど、物のあはれも知らない人でもない。世の中の常ないことを惜しんで思う人こそ冷たい」と羨ましくも心憎くも思われるものから、真木柱はあはれだ。これに向かった様子も思いやるのに、「形見だよ」とも、うち守りなさる。

ようやく世の物語を申し上げなさるのに、「ひどく籠めてばかりではあるまい」と思いなさって、

「昔から、心に籠めてしばしも申し上げないことが残ってあります限りは、ひどくいぶせくばかり思いなさいましたが、今は、なかなか上臈になってしまいました。まして、御暇ない御有様で、心のどかにおいでの折もありませんので、宿直などに、その事となくては仕えられず、そこはかとなくて過ごしてきました。

昔、御覧なさった山里に、儚くて亡くなってしまった人の、同じ縁である人が、覚えない所にいますと聞きつけまして、時々そう見られましょうか、と思いましたのに、合わなく人の誹りもありそうな折だったので、この不思議な所に置いていましたのを、稀々で見ることもなく、また、彼女も、私一人を相頼む心も特に無くてあったのだろうか、とは御覧になっていましたが、やんごとなく物々しい筋に思いなさるからこそでしょう、見るにはまた、格別な咎もありませんなどして、心安く可愛いと思っていた人が、ひどく儚くてお亡くなりになってしまった。並べて世の有様を思い続けますに、悲しくて。お聞きになる様子もあるでしょう」

と言って、今ぞ泣きなさる。

これも、「ひどくこのようには見え申し上げまい。愚かだ」と思いながら、零れ始めてはひどく止め難い。様子の少し乱れ顔であるのを、「不思議に、痛々しい」と思われるけれど、素知らなくて、

「ひどくあはれなことにこそ。昨日ほのかに聞きました。どのようにとも申し上げるべく思いながら、わざと人に聞かせなさらないこと、と聞いていましたので」

と、素知らなく仰るけれど、ひどく堪え難いので、言少なでいらっしゃる。

「その方でも御覧なさせればなあ、と思っていた人なのです。おのずからそうもあったでしょう、宮にも参り通うべき縁がありましたので」

など、少しずつ様子ばみして、

「御心地例ならぬほどは、すぞろな世のことをお聞き入れ、御耳が驚くも、合わないことに。よく慎ましおいでなさい」

など、申し上げ置いて、出でなさった。

「ひどくも思いなさっていたなあ。ひどく儚かったけれど、さすがに高い人の宿世だった。当時の帝、后の、それほどかしずき申し上げなさる親王、顔容貌から始めて、ただ今の世には類いらっしゃらないようだ。御覧になる人とても、並々でなく、さまざまにつけて、限りない人をおいて、これに御心を尽くし、世の人立ち騒いで、修法、読経、祭、祓と、道々に騷ぐのは、この人を思いなさる縁の、御心地の誤りにこそあった。我も、これほどの身で、時の帝の御女を持ち申し上げながら、この人の可愛く思われる方は、劣りはしなかった。まして、今はと思われるのには、心をのどめる方がなくもあるなあ。それは、愚かだ、こうはあるまい」

と思い忍ぶけれど、さまざまに思い乱れて、

「人木石に非ざれば皆情けあり」

と、うち誦じて臥しなさっていた。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。