ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第53帖 手習 / 第10場面

東琴と文の応酬

あらすじ・人物・読み方

大尼君の東琴に秋の夜は更け、翌朝、中将と浮舟の間で笛に寄せた文が交わされる。

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手習・第10場面0 / 35
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あちこち咳をして、情けない、震え声で、かえって昔のことなどもかけて、言わない。誰とも思い分からないのだろう。「さあ、その琴の琴を弾いてください。横笛は、月にたいそう趣のあるものです。どうした、御達。琴を取って、参れ」

と言うのに、それなのだろうと、推量に聞くけれど、「どのような所に、このような人が、どうして籠もっているのだろう。定めない世だ」、これについて感慨深い。

盤渉調をたいそう趣深く吹いて、「どうした、さあ」とおっしゃる。娘尼君も、これも程よい、好き者で、「昔聞いた時よりも、この上なく思われるのは、山風ばかり聞き馴れてしまった耳からでしょうか」と言って、「いや、これも間違いになってしまう」

と言いながら弾く。今様は、ほとんど、普通の人が、今は好まなくなるものなので、かえって、珍しく感慨深く聞こえる。松風もたいそうよく、囃す。吹いて合わせた、笛の音に、月も通って、澄む心地がするので、ますます愛でられて、宵のうたた寝もせず、起きている。

「女は、昔は、東琴をこそ、難なく弾きましたけれど、今の世には、変わってしまったのでしょうか。この僧都の、『聞き苦しい。念仏より他の、余計な業をするな』と、叱られたので、何だと言って、弾いていないのです。そうはいっても、たいそうよく鳴る琴もあります」

と言い続けて、たいそう弾きたそうに思ったので、たいそう密やかに微笑んで、「たいそう不思議なことをも、制し申し上げた僧都だな。極楽という所には、菩薩などもみな、このようなことをして、天人なども舞い遊ぶのが尊いのだ。修行の紛れ、罪を得ることだろうか。今宵、聞きたいものだ」

と透かすと、「たいそうよい」と思いして、「さあ、主殿のくそ、東琴を取って」と言うのにも、咳は絶えない。人びとは、見苦しいと思うけれど、僧都をさえ、恨めしそうに訴えて、言い聞かせると、かわいそうで任せた。

取り寄せて、たった今の笛の音をも尋ねず、ただ自分の心をやって、東の調べを、爪さわやかに調べる。みな、他の者は声を止めたのを、「こればかりを愛でている」と思いして、

「たけふ、ちちりちちり、たりたんな」など、掻き返し、流行りかに弾いた、言葉どもが、たいそう古めいている。「たいそう趣深く、今の世に聞こえない言葉を、弾いていらっしゃった」

と褒めると、耳がほのぼのとして、傍らの人に問い聞いて、「今様の若い人は、このようなことを好まなかった。ここに月ごろいらっしゃる姫君は、容貌がたいそう美しくいらっしゃるようだけれど、もっぱら、このような余計な業などなさらず、埋もれていらっしゃるようだ」

と、自慢げに、打ち嘲笑って語るのを、尼君などは、傍ら痛いと思う。これに事はみな醒めて、帰る程にも、山おろしが吹いて、聞こえて来る笛の音が、たいそう趣深く聞こえて、起き明かした翌朝、

「昨夜は、方々、心乱れましたので、急ぎ退出しました。忘れられない昔のことも、笛竹のつらい節に、音が泣かれるように思い出されます。なお、すこし思い知る程に、教えなさいますよう。忍ばれないようなら、好き好きしいまでも、何だ」

とあるのを、ますます侘びているのは、涙を止め難そうな様子で、書いている。

笛の音に昔のことも偲ばれて、帰って行かれた道すがらも袖が濡れたことでしょう。不思議に、物思いを知らないのだろうか、とまで、見える様子は、老人の問わず語りに、お聞きになったのでしょう」

とある。珍しくなく、見所のない心地がして、放って置かれたのだろう。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。