第53帖 手習 / 第15場面
剃髪の歌と中将の文
あらすじ・人物・読み方
剃髪を嘆く人々の中で浮舟は手習に歌を書き、中将の文へも手習の返歌を包んで送る。
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皆人びとが出て、静まった。夜の風の音に、この人びとは、「心細いお住まいも、しばしのことです。今たいそう、素晴らしくなりなさると、頼み申し上げていたお身を、こうなさせて、残り多いお世の末を、どうなされようとするのですか。
老い衰えた人でさえ、今は限りと、思い果てられて、たいそう悲しい業です」と言い知らせるけれど、「なお、たった今は、心安く、嬉しい。世に経るべき者とは、思いかけずに、なってしまったことこそ、たいそう素晴らしいことです」と、胸の開けた、心地がしたのだった。
翌朝は、さすがに、人の許さないことなので、変わってしまった様子が見えるのも、たいそう恥ずかしく、髪の裾の、急に、ぼんやりしたように、しどけなくさえ削られているのを、
「難しい事どもを言わず、繕ってくれる人もいたらなあ」と、何事につけても、遠慮がちで、暗く、していらっしゃる。思うことを人に言い続ける言葉は、もとよりさえ、はっきりしない身を、まして、親しく、断るべき人さえいないので、ただ硯に向かって、思い余る折には、手習をばかり、
激しいこととは、書き付ける。無いものと身をも人をも思いながら、捨てたはずの世をさらに捨てました。今は、こうして、限りが付いたのだ」と書いても、なお、自らたいそう感慨深いと、見る。
これが限りと思い定めた世の中を、返す返すも背いてしまったことです。同じ筋のことを、あれこれ、書き進んでいるのに、中将のお文がある。物騒がしく、呆れた心地がし合っている程で、「このようなこと」など言ってきた。たいそうあっけないと思って、
「このような心の、深くあった人だったので、儚い返事をも、し始めまいと、思い離れるのだった。それにしても、あっけない業だな。たいそう美しく見えた、髪の程を、確かに、見せよと、一夜も語らったので、そうなるべき折に、と言ったものを」
と、たいそう残念で、立ち返り、「申し上げる、方ないのは、岸遠く漕ぎ離れるであろう海人の舟に、乗り遅れまいと急がれてしまうことです。例になく、取って、見る。物の哀れな折に、今はと思うも哀れな、ものだから、どう思っているのだろう、たいそう儚い物の、端に、
心こそ憂き世の岸を離れますが、行方も知らない海人の浮木のような身です。と、例の、手習にしていたのを、包んで差し上げる。「書き写してだけでも」とおっしゃるけれど、
「かえって、書き損じてしまいます」と言って送った。珍しいのにも、言いようなく、悲しく思われた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。