第53帖 手習 / 第19場面
雪の若菜と梅の香
あらすじ・人物・読み方
年が明け、尼君と若菜の歌を交わした浮舟は、紅梅の香に匂宮を思い出して歌を詠む。
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それで、月ごろ、絶え間なく、結ぼおれ、物をばかり思っていたのも、この本意の事をしてから、後はすこし晴れ晴れしくなって、尼君と、儚く、戯れもし交わし、碁打ち、などをして、
明かし、暮らしている。行いも、たいそうよくして、法華経はもちろんのこと。異法文、なども、たいそう多く、読む。雪が深く、降り積み、人目、絶えた頃こそ、本当に、思いやる、方が、なかった。
年も、改まった。春の印も見えず、凍り渡った水の音、しないさえ、心細くて、「君にぞ惑う」とおっしゃった人は、心痛いと、思い果ててしまったけれど、なおその折などの事は、忘れない。
かき曇らす野山の雪を眺めても、降り積もった昔のことが今日も悲しく思われます。など、例の、慰めの手習を、行いの、隙には、している。「私が、世に亡くなって、年が隔たってしまったのを、思い出す人も、いるだろう」など、思い出す時も多い。
若菜を、粗末な籠に入れて、人が、持って来たのを、尼君が見て、
山里の雪の間の若菜を摘んで祝いますが、なお行く先が頼もしく思われます。と言って、こちらに、奉っていらっしゃったので、
雪深い野辺の若菜も、今からはあなたのために年を重ねて摘みましょう。とあるのを、「さぞ思うだろう」と哀れなのにも、「見る甲斐、あるだろう、お姿を、思わなかったら」と、真面目に、打ち泣いている。
閨の、端近くの、紅梅の色も、香も変わらないのを、「春や昔の」と、他の花よりも、これに、心寄せのあるのは、飽きなかった、匂いの、染みたのだろうか。後夜に、閼伽を、奉らせる。下臈の尼のすこし若いのがいる、召し出して、花を折らせると、言いがかりめいて、散るのに、ますます、匂って来るので、
袖を触れた人は見えませんが、花の香が、それかと匂う春の曙です。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。