第53帖 手習 / 第20場面
紀伊守の噂話
あらすじ・人物・読み方
大尼君の孫の紀伊守が京への上り際に語る宇治の噂から、浮舟は薫の柱の書き付けの歌と、自分の果ての法要のために用意された衣のことを聞いてしまう。
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大尼君の、孫の、紀伊守だという、この頃上って来た。三十ほどで、容貌が清らかで、誇りかな様子をしている。「何事か、去年、一昨年」
など、問うのに、ぼんやりした様子なので、こちらに来て、「たいそう、この上なく、僻んでしまった。哀れでもありますな。残りないお姿を、お目にかかること、難しくて、遠い程に年月を、過ごしていますよ。
親たちが、いらっしゃらなくなって、後は、一所をこそ、御代わりに、思い申し上げていました。常陸の、北の方は、訪ね申し上げますか」と言うのは、妹なのだろう。
「年月に、添えては、所在なく、哀れなことばかり、増して。常陸は、久しく、訪ね申し上げていないようです。待ちつけることができない様子に、見えます」
とおっしゃるのに、「わが親の名」と、無愛想に、耳に留まったのに、また言う様子、「上って、日ごろになってしまいましたのを、公事がたいそう繁く、難しくばかりあるのに、関わって。
昨日も、仕えようと、思ったのを、右大将殿が、宇治に、いらっしゃった、お供に仕えて、故八の宮の、住んでいた所に、いらっしゃって、日を暮らした。
故宮の御娘に、通っていたのを、先ず一所は、一年、亡くなってしまった。その御弟(妹)を、また、密かに、据え申し上げていたのを、去年の春また、亡くなったので、その御果ての業を、させようとすることを、あの寺の、律師に、そうすべき事を、おっしゃらせて、
私も、あの女の装束一領を、調えるべきなのを、させてしまいましょうか。織らせるべき物は、急ぎさせましょう」と言うのを、聞くのに、どうして哀れでないことがあろうか。「人が、不思議と、見るだろう」と遠慮がちで、奥に、向かって座っている。尼君が、
「あの、聖の親王の御娘は、二人と聞いたのを、兵部卿宮の、北の方は、どちらですか」とおっしゃると、「この大将殿の、御後のは、劣り腹なのだろう。仰々しくも、もてなさなかったのを、ひどく、悲しんでいる。初めのはまた、素晴らしかった。
今にも出家も、してしまいそうだった」など語る。「あの辺りの、親しい人だった」と見るのにも、さすが恐ろしい。「不思議に、世の物と、あちらでこそ、亡くなったこと。昨日も、たいそう、不憫でしたな。
川近き所で、水を覗いて、ひどくお泣きになった。上に登って、柱に、書き付けた、
見た人は影も留めない水の上に、落ち添う涙がますますせき止められません。と、ありました。言葉に、表して、おっしゃることは、少ないけれど、ただ、様子には、たいそう哀れなお姿に、見えた。
女は、ひどく、愛で申し上げるべきだろう。若く、いた時より、優に、いらっしゃると、お目にかかり、染みていたので、世の中の、一の所も、何とも、思わず、ただ、この殿を、頼み申し上げて、過ごしてしまった」
と語るのに、「特に深い、心もなさそうな、このような人でさえ、お様子は、見知っていた」と思う。尼君が、「光君と、聞いた、故院のお様子には、並ばないだろうと思われるのを、たった今の世に、この御一族が、愛でられているそうだ。右の大殿と」
とおっしゃると、「それは、容貌も、たいそう美しく、清らかで、宿徳で、際が異なる様子をしている。兵部卿宮が、たいそう、素晴らしくいらっしゃる。
女として、馴れ、仕えたいものだと、思われます」など、教えたようなように、言い続ける。哀れにも、面白くも、聞くのに、身の上も、この世の事とも、思えない。滞ることなく、語り置いて、出て行った。
「忘れていないからこそ」と哀れに思うのにも、ますます、母君のお心のうちが、推し量られるけれど、かえって、言い甲斐ない様子を、見え申し上げるのは、なお、遠慮がちだった。
あの人が、言い付けた、事どもを、染め急ぐのを、見るにつけても、不思議に、珍しい、心地はするけれど、決して、言い出せない。裁ち縫い、などするのを、
「これを、ご覧に入れよ。物を、たいそう美しく、ひねらせなさるので」と言って、小袿の、単衣を、奉るのを、情けなく思われるので、「心地が悪い」と言って、手をも、触れず、臥せっている。
尼君は、急ぐ事を打ち捨てて、「どう思っているのだろう」など、思い乱れる。紅に、桜の織物の、袿を重ねて、「御前には、このようなのをこそ、奉らせるべきです。情けない、墨染め、ですね」
と言う人がいる。尼衣に変わった身ででしょうか、ありし世の形見に袖をかけて偲びましょう。と書いて、「かわいそうに、亡くなってしまう後に、物の、隠れのない世なので、聞き合わせ、などして、疎ましいまでに、隠していた、などと、思うだろうか」など、さまざま、思いながら、
「過ぎ去った方の事は、絶えて、忘れてしまいましたのを、このような事を、思い急ぐにつけてこそ、ほのかに、哀れだ」と、穏やかにおっしゃる。
「それでも、思い出すことは、多いだろうのを、尽きずに、隔てなさるのは、心痛い。身には、このような、世の常の色合いなど、久しく、忘れてしまったので、素朴であるにつけても、昔の人が、いたら、など思い出します。
そのように扱い申し上げた人が、世に、いらっしゃるだろう。そのまま、失って、見ただけでも、なお、どこにいるのだろう、そこ、とだけでも、尋ね聞きたく、思われるのを、行方を知らず、思い申し上げる、人びとが、いるのだろう」
とおっしゃると、「見た程までは、一人は、いらっしゃいました。この月ごろ、亡くなってしまったのでしょう」と言って、涙の落ちるのを紛らわして、「かえって、思い出すにつけて、情けなく、あるからこそ、申し出せないのです。隔ては、何事に、残しているのでしょう」
と、言少なく、おっしゃいなした。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。