第53帖 手習 / 第3場面
尼君の看護と小野への移送
あらすじ・人物・読み方
妹の尼君は女を亡き娘の帰りのように思って看護し、八の宮の姫君が失踪したという噂を耳にする。一行は女を連れて小野の里へ移る。
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御車を寄せて降りる頃、ひどく苦しがると騒ぐ。すこし静まって、僧都は、「いた人は、どうなったか」とお尋ねになる。
「ぐったりとして物を言わず、息もありません。何か、物に取り憑かれた人でしょう」と言うのを、妹の尼君がお聞きになって、「何事か」と問う。
「こうこうのことで、六十余年の年、珍しい物を見ました」とおっしゃる。聞くやいなや、「自分の寺で見た夢がある。どのような人か。まずその様子を見よう」
と、泣いておっしゃる。「ただこの東の遣戸にいます。早くご覧なさい」と言うと、急いで行って見ると、誰も寄り付かないで、捨て置かれていた。たいそう若く美しい女が、白い綾の衣一襲、紅の袴を着ている。
香はたいそう香ばしくて、上品な気配が限りない。「まるで、わが恋い悲しむ娘が、帰っていらっしゃったようだ」と言って、泣く泣く女房たちを出して、抱き入れさせる。どんなであろうとも、様子を見ない人は、恐ろしがって抱き入れた。
生きているようでもなく、さすがに目をほのかに見開けたので、「物を、おっしゃいなさい。どのような人が、こうして、いらっしゃるのか」と言っても、意識のない様子である。湯を取って、手ずからすくい入れなどすると、ただ弱って息絶えるようだったので、
「かえって大変なことだ」と言って、「この人は亡くなってしまうだろう。加持なさい」と、験者の阿闍梨に言う。「だからこそ。怪しいお物の扱いだ」
とは言っても、神などのために経を読みながら祈る。僧都も、差し覗いて、「どうだ。何の仕業かと、よく調べて問え」とおっしゃるが、たいそう弱そうに、消えてゆくようなので、
「生きられそうにない。むやみな穢れに籠もって、煩うべきことだ」「さすがに、たいそう高貴な人でいらっしゃるようだ。死に果てても、そのまま捨てさせはしない。見苦しい仕業だな」
と言い合っている。「静かに。人に聞かせるな。煩わしいこともあるかもしれない」など口止めしながら、尼君は、親の煩いよりも、この人を生かしきって見たく惜しんで、付きっきりで添っている。
知らない人だが、容貌がこの上なく美しいので、無駄死にさせまいと、見る限り介抱し騒いだ。さすがに、時々、目を開けなどしながら、涙の尽きず流れるのを、
「ああ、心痛いこと。ひどく悲しいと思う人の代わりに、仏が導いてくださったと思われるのに。甲斐なくお亡くなりになったら、かえってどんなにか思うでしょう。
そうなるべき因縁でこそ、こうしてお目にかかったのでしょう。なお、すこし物を、おっしゃいなさい」と言い続けるけれど、やっとのことで、「生き延びたとしても、怪しい用のない人です。人に見せず、夜この川に落としてください」
と、息の下に言う。「たまに物を、おっしゃるのを嬉しいと思うのに、ああ、大変だ。どうして、そのようにおっしゃるのか。どうして、そのような所にいらっしゃったのか」
と問うても、物も言わなくなった。「体にもし傷などがあるか」と見ても、ここだという所もなく美しいので、驚き悲しみ、「本当に、人の心を惑わそうと出て来た、仮の物か」と疑う。
二日ほど籠もっていて、二人の人を祈り加持する声が絶えず、怪しいことを思い騒ぐ。そのあたりの下衆などで、僧都に仕えていた者が、こうしていらっしゃると見舞いに出て来る者も、物語などをして言うのを聞くと、
「故八の宮の御娘に、右大将殿が通っていらっしゃったが、特に悩むこともなく、急にお隠れになったと、騒いでいます。その御葬送の雑事を仕えましたので、昨日は参れませんでした」
と言う。「そのような人の魂を、鬼が連れて来たのか」と思うにも、また見る見る、「実在のものとも思えず、危うく恐ろしい」と思う。人びとは、
「昨夜見た火は、それほど仰々しい様子も見えなかったが」と言う。「特に事を省いて、厳しくもありませんでした」と言う。穢れた人だといって、立ったまま追い返した。
「大将殿は、宮の御娘を一人お持ちだったのは、お亡くなりになって、年頃になるのを、誰のことを言うのだろう。姫宮をお置きになって、決して異心はあるまい」
など言う。母尼君はよくなった。方角も開けたので、「こんなひどい所に長くいらっしゃるのも不都合だ」と帰る。「この人は、まだたいそう弱そうだ。道の間も、どうされるかと、心苦しいことだ」
と言い合っている。車二台にして、老人が乗る車には、仕える尼二人、次の車にはこの人を寝かせて、傍らにもう一人乗り添って、道すがら進みもせず、車を止めて湯を差し上げなどする。
比叡坂本に、小野という所にお住まいだった。そこにたどり着くまでが、たいそう遠い。「中宿を設ければよかった」など言って、夜更けて着いた。
僧都は、親を世話し、娘の尼君は、この知らない人を庇って、みな抱き下ろしながら休む。老いの病の常ないのが、苦しいと思った遠道の名残で、しばらく煩ったが、だんだんよくなったので、僧都は山へ登った。
「このような人を連れて来た」など、法師のあたりではよくないことなので、見なかった人には真似ばない。尼君も、みな口止めさせながら、「もし訪ねて来る人もや、ある」と思うのも、心静かでない。「どうして、あの田舎人の住むあたりに、このような人が落ち零れたのだろう。
物詣でなどをしていた人が、気分などを煩ったのを、継母などのような人が、謀って置かせたのだろうか」など思い寄せた。「川に流してよ」と言った一言よりほかに、物もまったくおっしゃらないので、たいそう心もとなく思って、「いつか人らしくしてみよう」と思うが、じっとして起き上がる様子もなく、
たいそう怪しいばかりでいらっしゃるので、「ついに生きられない人か」と思いながら、打ち捨てるのもかわいそうで痛ましい。夢語りも次第にし出して、初めから祈らせた阿闍梨にも、密やかに芥子を焼くことをさせる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。