ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第53帖 手習 / 第5場面

正気づいた浮舟

あらすじ・人物・読み方

正気を取り戻した女は、宇治川に身を投げようとした夜の記憶を語り、尼になることを願う。頂を削ぎ五戒を受けて、小野に身を隠す。

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手習・第5場面0 / 38
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本人の心地はすっきりとして、すこし物覚えて見回すと、一人見た人の顔はなくて、みな、老法師、歪み衰えた者ばかり多いので、知らない国に来た心地がして、たいそう悲しい。

ありし世のことを思い出すけれど、住んだ所、誰と言った人とさえ、確かにはっきりとは、覚えていない。ただ、「私は、死のうとして、身を投げた人です。どこに、来ているのだろう」と、せめて思い出すと、

「たいそうひどく、物を思い嘆いて、皆が寝た時に、妻戸を放って出たところ、風は激しく、川波も荒く聞こえるのを、一人で物恐ろしかったので、来た方、行く先も、覚えず、

簀の子の端に足を差し下ろしながら、行くべき方も惑って、帰り入るのも中途半端で、心強くこの世を無くそうと思い立ったのを、『おかしくて人に見つけられるよりは、

鬼も何も食い失せよ』と言いながら、じっと座っていたのを、たいそう清らかな男が寄って来て、『さあ、どうぞ。自分の所へ』と言って、抱く心地がしたのを、宮と聞いた方がなさると思った時から、心地が惑ってしまったようだ。

知らない所に据え置いて、この男は消え失せたと、見たのを、ついに、こう本意のこともせずに終わったと思いながら、ひどく泣くと思った程に、その後のことは、絶えて、

どうにもどうにも、覚えていない。人の言うのを聞けば、多くの日数も経っていた。どんなに憂い姿を、知らない人に介抱され、見えたのだろうと、恥ずかしく、ついにこうして生き返ったのか」

と思うのも残念なので、ひどく感じて、かえって、沈んでいた日ごろは、正気もない様子で、物をすこし食べることもあったのに、露ほどの湯さえ口にしない。

「どうして、こんなに頼りなげにばかりいらっしゃるのですか。続けて、眠気などなさることは覚めていらっしゃって、すっきりと見えるので、嬉しく思われますのに」

と、泣く泣く、休む間もなく、添っていてお世話する。ほかの人びとも、惜しいお姿と容貌を見れば、心を尽くして惜しみ守るのだった。

心には、「なおどうにか死にたい」と思い続けていたけれど、それほどで、生き止まった人の命なので、たいそう執念深くて、だんだん、頭を持ち上げると、物を食べるなどすると、

かえって、顔が痩せていく。早く回復してほしいと嬉しく思うところに、「尼にしてください。そうしてこそ、生きる方法もあるでしょう」とおっしゃると、

「かわいそうなお姿を。どうして、そのようになし申し上げようか」と言って、ただ頂だけを剃って、五戒だけを受けさせる。物足りないけれど、もとより愚かな人の心で、賢しく無理に物を言わない。僧都は、

「今は、このくらいで、いたわり止めておきなさい」と言い置いて、登ってしまった。「夢のような人をお見かけするなあ」と、尼君は喜んで、せめて起こし据えながら、御髪を手ずから剃る。

それほどひどく、引き結んで打ちやっていたけれど、たいそうも乱れず、解き終わると、つやつやと美しい。一年足らぬ九十九髪(長い髪)が多い所で、目もあやに、素晴らしい天人の天降るのを見たようだと思うのも、危ない心地がするけれど、

「どうして、たいそう心痛く、これほど素晴らしく思われるのに、お心を立てて見えるのですか。どこで誰と聞いた人が、あの所にはどうしていらっしゃったのですか」

と、しきりに問うのを、たいそう恥ずかしく思って、「怪しかった程に、みな忘れてしまったのだろうか、あった様子なども、まったく覚えておりません。

ただ、ほのかに思い出すことといえば、ただ、どうにかこの世にいまいと思いながら、夕暮れごとに、端近くて眺めていた程に、前近く、大きな木のあった下から、人が出て来て、

連れて行く心地がしました。それよりほかのことは、自分ながら、誰とも思い出せません」と、たいそうかわいげに言いなして、「世の中に、まだ生きていると、どうして人に知られたくない。聞きつける人もあったら、たいそう大変でしょう」

と言って、お泣きになる。あまり問うのを、苦しいと思ったので、問うことができない。かぐや姫を見つけたという竹取の翁よりも、珍しい心地がするのに、「どのような物の隙に消え失せようとするのだろう」と、心静かでなく思うのだった。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。