第53帖 手習 / 第6場面
小野の暮らしと手習の歌
あらすじ・人物・読み方
小野の山里で浮舟は手習に思いを託し、人目を避けて暮らす。尼君は彼女を亡き娘の形見のように慈しむ。
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この主人も上品な人だった。娘の尼君は、上達部の北の方であったが、その人がお亡くなりになってのち、娘ただ一人をひどく大切にして、よい君たちを婿にして思い扱ったのに、その娘の君がお亡くなりになったので、
心痛く、痛ましいと思い入って、姿をも変え、このような山里に住み始めたのだった。「世と共に恋い続ける人の、形見にも、思い寄せられそうな人をせめて見出したいものだ」、所在なさも心細いままに、思い嘆いたのに、こう、覚えのない人の、
容貌も気配も優れた様子なのを得たので、現実のこととも思えず、不思議な心地がしながら、嬉しいと思う。年取っているけれど、たいそう清らかで品があり、様子も上品だ。
昔の山里よりは、水の音も穏やかだ。造り様、由緒ある所、木立が面白く、前栽も趣があり、由緒を尽くしている。秋になってゆくと、空の様子も感慨深い。門田の稲を刈るといって、所に付けた物真似をしながら、若い女たちは、歌を歌い興じ合っている。
引板を引き鳴らす音も趣があり、見た東路の事なども、思い出されて。あの夕霧の御息所がいらっしゃった山里よりは、今すこし入って、山に片掛けた家なので、松蔭が茂く、風の音もたいそう心細いのに、所在なく行いばかりしながら、いつとなく静かだ。
尼君は、月など明るい夜は、琴などを弾く。少将の尼君などという人は、琵琶を弾きなどして遊ぶ。「このような技はなさいますか。所在ない時に」
など言う。昔も、怪しかった身の上で、心穏やかに、「そのようなことをする程もなかったので、すこしも趣のある様子でなくても、育ってしまったなあ」と、こう定め過ぎた人の、
心を和ませる折々については、思い出すのを、「驚くほど物儚かった」と、自分ながら残念なので、手習に、
身を投げた涙の川の早い瀬を、しがらみをかけて誰が止めてくれたのでしょう。思いの外に心痛いので、行く末も後ろめたく、疎ましいまで思いやられる。月の明るい夜毎、老人たちは艶に歌を詠み、昔を思い出しながら、さまざま物語などするのに、答える方もないので、じっと見やっていると、
私がこうして憂き世の中を巡り歩くとしても、月の都にいる誰が知ってくれるでしょう。今は限りと思った程は、恋しい人が多かったけれど、ほかの人びとはそれほど思い出せず、ただ、
「親は、どのように迷っただろう。乳母は、万事に、どうにかして人並みにしようと思い焦がれたのに、どのようにあっけない心地がしただろう。どこにいるのだろう。
私が、世に生きているとは、どうして知るだろう」同じ心の人もなかったままに、万事隔てることなく語らい見慣れた右近なども、折々は思い出される。
若い人が、このような山里に、もうだめだと思い絶えて籠もるのは、難しい業なので、ただひどく年経った尼、七、八人だけが、常の人としては、いた。
それらの娘や孫のような者たちが、京に宮仕えする者も、別の様子でいる者も、時々通って来る。「このような人について、見たあたりに行き通い、自然に、世に生きていると誰にも誰にも聞かれることは、ひどく恥ずかしいだろう。
どのような様子で、さすらったのだろう」など、思いやり世に合わず、怪しいだろうことを思えば、このような人びとに、決して見えない。ただ、侍従、こもきといって、尼君が自分の人にしていた二人だけを、この御方に言い分けていた。容貌も、心様も、昔見た都鳥に似たのはない。
何事につけても、「世の中に、ない所はこれだろうか」と、まずは思いなされるのだった。こうばかり、人に知られまいと忍んでいるので、「本当に、煩わしいだろう事情のある人でいらっしゃるのだろう」と、詳しいことは、いる人びとにも知らせない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第53冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。