土佐日記 · 学びのノート
土佐日記の読み方|冒頭の2人を確かめる
土佐日記の冒頭は、男の日記を聞き、女の語り手が自分も書こうとする文です。作者と語り手を分け、「ある人」まで原文の言葉をたどります。

Q. 男と女が出てくるけれど、日記を書いているのは誰ですか?
A. 冒頭で日記を「して見ん」と言うのは、女として語る人物です。男は日記をすると聞いている対象です。作者と語り手を分け、続く「ある人」の記述も確かめます。
一文を二つに分ける
土佐日記の語り出しには、男と女が一度ずつ現れます。ATAWI古典文学の第1場面は「男もすという、日記というものを、女もして見んとてするなり。」と収録しています。前半は男の日記について述べ、後半は女が自分も日記を試みると述べます。まずは「男も」と「女も」に印を付け、何をする人なのかを分けてみます。
採用底本は池辺義象著『国文講義土佐日記』です。国立国会図書館デジタルコレクションの14コマ目に冒頭が載っています。サイトは旧字体や仮名を読みやすい形に編集し、句読点を補っています。教科書などで見た表記と異なる場合、どの本文を読んでいるかを確かめてください。
特に気を付けたいのは「すという」の部分です。サイトの編集注は、底本の印刷を「すと、いふ」と読める字形と説明しています。一般に目にする「すなる」と異なる箇所です。似た意味に見えても、文法の説明をそのまま移すことはできません。今回はサイトの採用本文に沿って読みます。
同じ作品でも、文字の形や句読点は資料によって違います。出版された底本の姿と、サイトが読みやすく整えた本文を見比べると、どこが編集による変更なのかも見えてきます。原文の見た目に違いを見つけても、すぐ誤りと決めず、まず資料の説明を読む。そのひと手間が、言葉の違いに気づく入口になります。
原文のどの語が何を表すかを分ける練習は、方丈記の「絶えず」を読む箇所でも試せます。
原文を読む際には「日記というものを」も前後とつないでみます。男について聞いた日記を、今度は女の側もしてみようとする。その順番が、読者に語り出しの調子を伝えます。短い一文でも、読む順番を崩さずに置き直すと、後半がなぜ現れるのかを考えられます。
教材の本文を開くと、一節を選んで発音の読みと現代語を確認できます。まず原文だけで区切りを考え、次に表示を切り替えます。自分の区切りと訳の対応が違ったら、その箇所だけ戻ります。一度で全てを理解するより、確かめたい言葉を一つ選ぶ方法です。
二つの「も」を見る
冒頭の「男も」と「女も」は、日記をする人を並べて示します。「男もすという」は、男も日記をすると言われる、という内容です。「女もして見ん」は、女もしてみよう、という意向です。二つの「も」を同じ印で結ぶと、前半を受けて後半が始まる形が見えます。
「して見ん」は、まず「して見」と「ん」に分けてみます。「して見」は、試しにしてみること。「ん」は、ここではそうしようという意向を表すと読めます。後ろの「とて」は、そのように思って、というつながりをつくります。文末の「するなり」に戻ると、語り手は日記を始めると告げています。
意外なのは、冒頭の「男」が、そのまま語り手として紹介されるわけではないことです。文の中で日記を始める側は「女」です。男と女が同じ一文に出るので、どちらがどの動詞につながるかを見失いやすい。順に線を引けば、役割を分けられます。
二つの「も」を比べると、日記という営みが両方に共通することも分かります。ただし、男の側は「すという」と伝えられ、女の側は「して見ん」と自分の意向が示されます。どちらも「日記をする人」とだけ覚えると、この言い方の差が消えます。前半は伝聞、後半は意向と分けることが、読みの足場です。
最後の「なり」も一つ前だけを切り離さず、「とてするなり」までつなげて読みます。女が日記をしてみようと思って書く、という文のまとまりができます。現代語に置き換えたら、元の「男も」「女も」「して見ん」がどの部分に対応するかを戻って確かめます。訳は原文を見直すための足場です。
作者と語り手を分ける
土佐日記は紀貫之の作とされる作品です。一方、作品の書き出しは女として日記を始める声を置いています。作者は作品をつくった人、語り手は作品の中で言葉を語る存在です。この二つを分けると、女の語りを作者の経歴としてそのまま受け取らずに済みます。
「女」が特定の実在人物を指すのか、冒頭だけから決めることはできません。作品の声と実際の旅に参加した人々を一対一に重ねる前に、本文の表現を見ます。語り手がどこまで知り、何をどう伝えているかを読むための区別です。
語り手を意識すると、後に続く出来事の見え方も変わります。別れを惜しむ人々、船出、歌のやり取りは、日記の中の声によって読者に届けられます。旅の出来事が記されていることと、記された言葉が実際の会話を一字一句写したことは別です。作品の描写を読むとき、歴史上の記録と同じ精度を勝手に期待しないようにします。
「女」という一語から、衣装や年齢、家族関係を決めることもできません。挿絵を眺めると情景を想像できますが、絵は本文をもとにした創作です。登場人物の姿を描いた史料ではありません。絵の印象を手掛かりにしたら、本文に書かれたことへ戻って確かめます。
私は、すぐに人物の正体を決めるより、言葉の置き方を一つ確認する読み方が好きです。ただ、語り手と作者をどの程度近く感じるかは、読み進めるほど迷うところでもあります。迷いを残して続きを開けば、別れや旅の描写がどのように語られるかを確かめられます。
「ある人」を追いかける
冒頭の続きには、任期を終えた「ある人」が住んでいた館を出て、船に乗る場所へ向かう記述があります。公開教材の場面案内は、この人物を前国守として紹介しています。語り手は、その人を自分自身だと明言せず、「ある人」と呼んでいます。
女として語る声と、別れを見送られる前国守を区別して読むと、誰の動きを述べているのかが見えます。ここで「ある人」に印を付けてから、別れの場面へ進んでください。人物の呼び方が変わっても、誰の行動かを前後から確認できます。
続く部分では、長く一緒にいた人々が別れがたく思い、騒ぐうちに夜が更けます。本文は、一人の気持ちを説明するだけでなく、周囲にいる人たちの動きも置いています。「ある人」のそばに誰がいるのかを一度描き出すと、別れの場面を追いやすくなります。
さらに二十二日には藤原時実が餞をします。本文は、船路であるのに「馬のはなむけ」をすると記しています。言葉の中の馬だけを見て、ここで必ず馬に乗ったと判断するのは早すぎます。出発する人を送る餞という場面を前後で確認し、船旅という情報も一緒に持っておきます。
人物の呼び名を追う読み方は、桐壺の「ときめく」を扱った源氏物語のように同じ人に複数の呼び名が付く作品でも役立ちます。一方、方丈記の冒頭の二つの否定では、人物よりも「何を否定しているか」を見分けることが手掛かりになります。どちらも答えを先に決める代わりに、文中の小さな言葉から始める読み方です。
今日の読書で試す
土佐日記の第1場面を開き、「男」「女」「ある人」の三つを探します。それぞれについて、本文が何を述べているかを短い言葉で書き添えます。「男=日記をすると言われる」「女=日記をしてみようとする」「ある人=館を出る」。答えを覚える前に、対応する言葉を原文から探す作業です。
群馬県生涯学習課の案内によると、第80回読書週間は2026年10月27日から11月9日までです。作品全体を読み切ることを目標にしなくても、一文を確かめるところから読書は始められます。
三つを見つけたら、原文を隠して対応を思い出し、もう一度本文を開いて確かめます。思い出せなくても構いません。「何を見落としたか」が分かれば、次に読むときの目印になります。余裕があれば、その先の見送りの人々にも印を付け、誰が誰を送るのかを一文にしてみます。
サイトの発音の読みは、読み方を確かめるための表示です。底本の文字そのものと同じものとして扱わず、原文表示と切り替えて見比べます。「をとこ」のような歴史的仮名遣いと、現代の発音を区別して眺めると、目で追う文字と声に出す音の間にも発見があります。
よくある質問
冒頭の男は語り手ですか?
冒頭の男は、日記をすると言われる側です。日記を自分もしてみようと述べるのは、女として語る声です。文の中で、それぞれに結び付く言葉を確かめてください。
語り手と作者は同じですか?
作者は紀貫之とされます。作品では女として語る声が置かれています。作品をつくった人と、作品の中の語り手を分けることで、表現の仕組みが見えます。
冒頭以外に何を読めばよいですか?
第1場面を少し先へ進め、「ある人」が館を出て見送りを受ける箇所を読んでください。呼び方と動作を結び付けると、語り手と旅立つ人物の距離を考える材料になります。
資料の内容や公開状況は変わることがあります。個別の判断は該当分野の専門家へ確認してください。
わかったところから、作品へ
全部を覚えてから進む必要はありません。気になった一節を、今の目で読んでみましょう。
出典・確認した資料
- 国立国会図書館デジタルコレクション:国文講義土佐日記 14コマ(2026年10月27日確認)
- 群馬県:令和8年度読書週間(2026年10月27日確認)
- ATAWI古典文学:土佐日記第1場面(2026年10月27日確認)
本文の日本語による解説・練習例は独自に作成。解釈や学び方の提案は、原典の事実と区別しています。