土佐日記 / 第1場面
序・門出と大津の別れ
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あらすじ・人物・読み方
土佐の任を終えた前国守の門出を、女に仮託した筆者が記す序。二十七日、大津・浦戸で見送りの人々と別れるまで。
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男も書くという、日記というものを、女〔である私〕も〔試しに〕書いてみようとして、〔日記を〕書くのである。
その年の十二月の、二十一日あまりの戌の刻に、〔前国守が〕門出をするという次第を、少しばかり物に書きつける。
ある人〔前国守〕は、任国での四、五年が終わって、恒例の事どもをすべて済ませ、解由状などを受け取って、住んでいた館から出て、船に乗るべき場所へ移る。
あれこれと、知っている人も知らない人も〔集まって〕、長年いつも連れ添ってきた人々は、別れがたく思って、しきりにあれこれしながら騒いでいるうちに、夜が更けてしまった。
二十二日、和泉の国まで無事に〔着ける〕ようにと、祈願して出発する。藤原時実は、船旅であるのに、馬の餞別をする。上・中・下の身分の人々が〔皆〕酔い過ぎて、たいそうおかしく、塩海のほとりでふざけ合っている。
〔それは〕物の数ではない。これが、きちんとしたやり方で、馬の餞をした〔のは〕、守という柄ゆえであろうか、国の人々の心の常として、今は〔別れの時だ〕といって、〔人々が〕見送りに来ないのに、心ある人は、恥ずかしがらずに〔見送りに〕来たのである。これは、物事によっては、必ずしも誉めるべきことではない。
二十四日、講師が、馬の餞をしに出てこられた。居合わせたすべての人々は、身分の高い者も低い者も、〔床の〕文字を踏んで遊んでいる。
二十五日、〔国〕守の館から、招きの手紙を持って〔使いが〕来た。〔前国守は〕呼ばれて、〔守の館へ〕行って、一日、一夜、〔皆が〕とかく遊ぶうちに、〔夜が〕明けてしまった。
二十六日、〔私たちは〕なお〔新任の〕国守の館にいて、主人の知り合いの男にまで、たくさんの物を担がせた。〔人々は〕唐の歌を、声をあげて詠んだ。大和歌は、主人も、客人も、他の人も、〔それぞれ〕言い合った。
唐の歌は、〔数が多くて〕これには数え切れない。大和歌は、主人の国守が詠んだものである。都を出てあなたに逢う心地がしたものを、惜しむ甲斐もなく別れてしまうことよ。
こうしたことがあったので、〔都へ〕帰る前の国守が詠んだ〔歌〕。白妙の〔衣の袖を濡らす〕涙の道を遠く行き交うて、〔私に〕似るはずの人は、あなたでなくてはならないのに。
ここに人々もいたけれど、〔歌に応じる〕賢い者などいないに違いない。こう言って、前の国守も、今の〔国守〕も、そろって〔座を〕下りて、今の主人も、前の国守も、手を取り交わして、酔った心地で、心地よさそうな様子をして、座っていた。
二十七日、大津から、浦戸を目指して〔船を〕漕ぎ出した。こうしているうちに、京で生まれた女の子が、ここ〔土佐〕で急に亡くなってしまったので、〔人々の〕このたびの旅立ちの装いを見ても、〔亡くなった子を思って〕何も言わない。京へ帰るのに、女の子がいないことだけが、悲しみに堪えがたい。居合わせた人々も、〔悲しみを〕言い堪えきれずにいる間に、ある人が書き出して示した歌。都へ〔帰る〕と思うと、何もかも悲しいのは、〔二度と〕帰らない人がいるからであることよ。
またある時には、〔亡くなった子が〕いるものと思い、忘れようとしつつも、やはり亡くなった人はどこにいるのかと尋ねてしまうのが、悲しいことだ。
〔大津の浦〕から、また別の人々も、あれこれと酒などを持って集まって来て、磯に座っていて、別れがたいことを言う。国守たちの人々の中に、〔見送りに〕来たこの人々は、心があるようにと、〔歌を〕詠むようにほのめかされる。
このように別れがたく言って、あの人々が口網も皆で一緒に持って、この海辺で、〔重そうに〕担ぎ出して作り出した歌、〔私の〕別れを惜しいと思う人が、〔私が〕留まるのではないかと、葦のように群がり集まってこそ、私は〔ここまで〕来たのだ。と〔その歌を〕言っていたので、〔皆が〕たいそう感心して、旅立つ人が詠んだ〔歌〕、棹をさしても、櫓を漕いでも分からない、海の神の深い心を、あなたの中に見ることだなあ。
と言う。その間に、梶取りは、物の哀れも知らず、ゐのれし〔とある〕、酒を飲んでいたので、早く行こうと言って、潮は満ちた、風も吹くはずだ、と騒ぐので、〔皆は〕舟に乗ろうとする。
この時、ある人々が、折節に寄せて、唐歌などを、その時にふさわしいものを言う。またある人は、西の国の人であるけれども、甲斐歌などを言う。このように歌うと、船屋形の塵も、ろら行く雲も、漂ってしまったと言うことだ。今夜は、浦戸に止まる。藤原の言實、橘の季衡が、ほかの人々を連れて来た。
底本:『国文講義土佐日記』池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]・国立国会図書館蔵 320-189。本文画像:所蔵機関の公開資料。
『国文講義土佐日記』(池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]、国立国会図書館蔵 320-189)の大字本文を原画像と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。