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謡曲「源氏供養」 / 第6場面

帖名のクセと廻向

あらすじ・人物・読み方

地は源氏の帖名を織り込んだクセを謡い、法印の廻向によって霊は成仏を願う。紫式部は石山の観世音の仮の姿であったと明かされて曲が閉じる。

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クセ。「そもそも桐壺の、夕の煙はすみやかに法性の空に至り、箒木の夜の言の葉は、ついに覚樹の花と散った。空蝉の、むなしいこの世を厭い、夕顔の露の命を観じ、若紫の、雲の迎える末摘花の台に坐せば、紅葉の賀の秋の落葉もよし、ただ、たまたま仏意に逢いながら、榊葉のさして往生を願うべきである。シテの女。「花散る里に住むとても、」地謡「愛別離苦の理は免れ難い道とかいう。ただ、すべからく、生死流浪の須磨の浦を出て、四智円明の明石の浦に澪標を心に懸けて誠ある、七宝荘厳の真木柱の下に行こう、梅が枝の句に移る我が心。藤の末葉に置く露の、その玉葛に懸けて、しばし朝顔の光も頼まれない。シテの女。「朝には栴檀の陰に宿る木、名も高い、」地謡「官位を、東屋の内に籠めて、楽しみの栄えを浮舟に譬えるべきとかいう。これもかげろうの身であるべき。夢の浮橋を打ち渡り、身の来迎を願うべきである。南無や西方の弥陀如来よ。狂言綺語を振り捨てて、紫式部の後の世を助けてくださいと、諸ともに鐘を打ち鳴らして、廻向もすでに終わった。」

ロンギの地謡「実に面白い。光源氏の御跡を弔う法の力で、私も生まれよう、蓮の花の縁は頼もしいことよ。」地謡「実に、朝は秋の光、」シテの女。「夕には影もない、」地謡「朝顔の露、稲妻の影。いずれがはかなくないことがあろう。定めない浮世であるよ。よくよく物を案ずるに、繰り返し。紫式部と申すは、あの石山の観世音が、仮にこの世に現れて、かかる源氏の物語を、これも思えば夢の世と、人に知らせようとの御方便、実に有り難い誓いであることよ。思えば夢の浮橋も夢の間の言葉である。繰り返し。」

この作品の最後の場面です。謡曲「源氏供養」の一覧から、もう一度読みたいところへ進めます。

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底本:謡曲二百番:四流対照 上巻 芳賀矢一訂(金港堂書籍、明治42年)。本文画像:所蔵機関の公開資料。

明治42年(1909)芳賀矢一訂『謡曲二百番:四流対照』上巻(金港堂書籍)所収「源氏供養」(観世流)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の主文(観世流)の字句を残し、他流の異文符は本文に含めていません。発音の読みと独自訳を添えています。