ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

謡曲「源氏供養」 / 第5場面

舞と石山籠りの物語

あらすじ・人物・読み方

顕現した紫式部の霊は舞を舞い、石山に籠って源氏物語を書いた次第と、供養をしなかった科で妄執の雲が晴れないことを語る。

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謡曲「源氏供養」・第5場面0 / 28
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シテの女。「移ろいやすい花の色の、重ね衣の下に焦がれる思い。紫の色こそ見えない、枯野の萩。もとのあらましが末まで通れば、名乗らずともお分かりでしょうに。」ワキ。「紫の色には出ないというあらましの言葉の末とは思いませんでした。紫式部でいらっしゃいますか。」シテの女。「恥ずかしながら、私の姿は――」ワキ。「その面影は昨日見た、」シテの女。「姿に今も変わらなければ。」ワキ。「互いに心を」シテの女。「おきもせず。」地謡「寝もしないで明かすこの夜半の、月も心せよ。石山寺の鐘の声、夢をも誘う風の前。消えたのはそれか、燈の光か、源氏の跡かと判じる。繰り返し。」

シテの女。「ああ有り難いことです。何を布施に差し上げましょうか。」ワキの言葉。「いや、布施など思いもよりません。この世は夢の中。昔に返す舞の袖を、いま舞って見せてください。」シテの女。「恥ずかしながら、仰せにどうして背けましょう。さあさあ、それでは舞いましょうとて。」

ワキ。「もとよりその名も紫の――」シテの女。「色めずらしい薄衣の――」ワキ。「日のように紅の扇を持ち、」シテの女。「恥ずかしげに弱々と。」ワキ。「あわれ、胡蝶の――」シテ。「一遊び。」地謡「夢の中の舞の袖。繰り返し。現に返す手だてがあればよいのだが。」シテ。「花染めの衣の色の重なり――」地謡「紫の匂う袂であることよ。」

クリの女。「それ、無常といっても、目の前にあっても形もない。」地謡「一生は夢のよう。誰があって百年を送るのか。槿の花は一日だけ、ただ同じ。」シテ。「そうであればこそ、春の夜の朧月を夜と詠んだのに、」地謡「涙の咎か、曇る夜の。長雨の降る須磨の浦のようにしみじみと濡れるお住まい。」シテのサシ。「ここに、数ならぬ紫式部が、頼みを懸けて石山寺に悲願を頼んで籠り、この物語を筆に任せました。地謡「それでも、最後まで供養をしなかった罪によって、妄執の雲も晴れにくい。シテの女。「今、逢い難い縁に向かって、」地謡「心中の所願を起こし、一つの巻物に書き写し、無明の眠を覚ます。南無や光源氏の幽霊よ、成等正覚あれ。」

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底本:謡曲二百番:四流対照 上巻 芳賀矢一訂(金港堂書籍、明治42年)。本文画像:所蔵機関の公開資料。

明治42年(1909)芳賀矢一訂『謡曲二百番:四流対照』上巻(金港堂書籍)所収「源氏供養」(観世流)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の主文(観世流)の字句を残し、他流の異文符は本文に含めていません。発音の読みと独自訳を添えています。