第1帖 桐壺 / 第4場面
靫負命婦の訪問
あらすじ・人物・読み方
帝の使いが更衣の母を訪ね、両者の悲しみが言葉と歌で交わされる。
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現代語で読む
むなしく日が過ぎ、〔更衣の〕死後の仏事などにも、〔帝〕は細かく心をお寄せになる。時がたつほどどうしようもなく悲しく、〔帝〕はほかのお方を夜のおそばに召すこともまったくなさらず、ただ涙にぬれて日を送られるので、見守る人まで涙深い秋になった。弘徽殿などは、「亡くなったあとまで、人の胸を晴らさせない御寵愛だこと」と、なお容赦なくおっしゃった。
〔帝〕は第一皇子を御覧になるにつけても、若宮が恋しく思い出され、親しい女房や乳母を遣わしては様子をお聞きになる。野分が吹き、急に肌寒くなった夕暮れ、〔帝〕はいつもより思い出が募り、ゆげいの命婦という人を遣わされる。夕月の美しいころに〔命婦を〕送り出し、〔帝〕はそのまま物思いに沈まれる。こんな折には〔帝〕が音楽を催されると、〔更衣〕は格別な音を奏で、何げなく口にする言葉も、ひときわ優れていた〔更衣の〕気配や姿の面影にぴったり重なって思い出されるが、暗闇の中での現実には、やはり及ばなかった。
命婦が屋敷に着くと、門を入る所からもうもの寂しい。夫を亡くした〔母君〕の住まいでも、一人の〔娘〕を大切に育てるため、あれこれ整え、見苦しくないよう暮らしておられたが、〔母君が〕深い悲しみの闇に沈んで伏しているうち、草も伸び、野分でいっそう荒れた感じがし、月光だけが幾重もの雑草にも妨げられず差し込んでいる。
〔命婦を〕南側に迎えると、母君はすぐには物もおっしゃれない。「今まで生き残っているのがつらいのに、このようなお使者に、蓬の茂みの露を分けてまでお入りいただくとは、恥ずかしくて」と、まったく耐えきれぬ様子で泣かれる。
〔命婦〕は「こちらへ伺っては、いっそう胸が痛み、身も心も尽きるようだと、典侍が〔帝に〕申し上げていました。深い悲しみを知らない〔私〕にも、本当にこらえがたく思われます」と言い、少し気を落ち着けて、〔帝の〕お言葉をお伝えする。
「しばらくは夢かとばかり思い迷っていたが、しだいに落ち着くほど、晴らしようもなく耐えがたい。どうしたらよいのか。ともに話し合える人さえいないから、ひそかに参内してもらえないか。若宮の様子も気がかりで、涙にぬれた中で過ごしておられるのも心苦しく、早く参内してほしい」と、〔帝〕は満足に最後まで仰せになれず、涙にむせばれるので、
「一方では、人から気弱だと思われようと気がねもされている〔帝の〕御様子がつらく、〔お言葉を〕最後まで承りもせぬようなまま退出いたしました」と、〔命婦は〕お手紙を差し上げる。〔母君〕は「目も見えませんが、このありがたいお言葉を光として」と言って御覧になる。
「時がたてば少しは気が紛れるかと待つ月日が重なるほど、どうにも耐えがたくなるのは、困ったことです。幼い子もどうしているかと思いやり、一緒に育てられないのが心もとない。今はやはり、亡き人の形見になぞらえて、おいでください」などと、細やかにお書きになっている。
宮城野に露を結ばせる風の音を聞くにつけ、幼い萩の育つもとを思いやっている。
とあるが、〔母君〕は最後まで読めない。「長生きがこんなにつらいと知った身には、松がどう思うかさえ恥ずかしく感じますので、宮中へ出入りするのは、ましてはばかられます。ありがたいお言葉を何度いただいても、私自身は参る決心がつきません。若宮は何をわかっていらっしゃるのか、参内ばかりをお急ぎになるので、もっともなことと悲しく拝見していると、〔私の〕内々の思いを申し上げてください。〔私が〕不吉な身なので、このまま〔若宮が〕いらっしゃるのも、いまわしくおそれ多くて」とおっしゃる。
若宮はお休みになっていた。「〔若宮に〕お会いして、詳しい御様子を〔帝へ〕申し上げたいのですが、〔帝は〕お待ちでしょうし、夜も更けてしまいます」と〔命婦〕は帰りを急ぐ。
「悲しみに迷う心の闇の、耐えがたい苦しみを少しでも晴らすために、お話ししたいので、私用でもゆっくりおいでください。長年、うれしく名誉なお使いの時ばかりお立ち寄りくださったのに、こんなお便りでお目にかかるとは、つくづく思いやりもなく残る命ですこと。
〔あの娘は〕生まれた時から期待をかけていた子で、亡き大納言は臨終まで、この子を宮仕えさせる願いを必ずかなえよ、自分が死んだからと情けなく気をくじくなと、繰り返し言い残しました。しっかり後見する人もない宮仕えは、かえってつらかろうと思いながら、ただ遺言に背くまいと送り出しましたのに、
身に余る御寵愛が何につけてもありがたく、身分の低さの恥を隠してお仕えしていたようでしたが、人々のねたみが募り、つらいことが増して、思わぬ不幸に遭い、ついにこうなりました。かえってありがたい御寵愛を、つらいものに感じてしまいます。それも、分別を失った心の迷いで」と、言い終わらぬままむせび泣かれるうち、夜も更けた。
〔命婦〕は「帝も同じお思いです。自分の心ながら人が驚くほど夢中になったのも、長続きしない御縁だったのかと、今はつらい契りに思われる。誰の心も少しも傷つけたことはないつもりなのに、ただこの人のため、本来恨むはずのない多くの人たちから、恨みを負い、あげくに捨てられた。気持ちを鎮めようもなく、ますますみっともなく頑なになるのは、どんな前世の縁なのか知りたいと、繰り返し、涙にぬれてばかりいらっしゃいます」と語って、〔命婦は〕尽きることなく泣く。
夜がたいそう更けたので、今夜のうちに御返事を申し上げようと、〔命婦〕は宮中へ急ぐ。月が沈みかける空は清く澄み、風が涼しく吹き、草むらの虫の声々も涙を誘うようで、どうにも立ち去りにくい草深い家である。
鈴虫のように声の限りを尽くして泣いても、長い夜の間、流しても流しても尽きない涙です。
〔命婦〕は車で出発することもできない。〔母君〕は「虫の声がひとしおしげく響く浅茅の家に、さらに涙の露を添える宮中のお方。そんな恨み言も申し上げたくなります」と伝えさせられる。
趣ある贈り物をする時でもないので、ただ亡き人の形見として、こんな用にもと残してあった装束一そろいに、髪を上げる道具のような品を添えて渡される。若い人々は、悲しいのはもちろん、朝夕なじんだ宮中が恋しく寂しい。帝の御様子も思い出され、早く参内なさるようにとお勧めするが、〔母君〕は、不吉な自分が付き添うのも外聞が悪いだろうし、また、少しでも〔若宮に〕会わずにいるのはひどく気がかりに思われ、ためらわず参内させることもできないのだった。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝1 [1673] 跋・国立国会図書館所蔵 本別3-1。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。原版の字形をそのまま再現する翻刻ではありません。