ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第2帖 帚木 / 第10場面

恨みの伝え方と、ものづくりのたとえ

あらすじ・人物・読み方

互いに率直さを失わず、穏やかに付き合う難しさを語ります。左馬頭は、見栄えだけでは決まらない人柄を、木工や絵、書の技量になぞらえます。

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現代語で読む

悪い時もよい時も連れ添って、ああした時も、こうした状況も、互いに見過ごしてきた間柄こそ、縁が深く、心にしみるものでしょう。〔逃げ隠れするようでは〕自分も相手も、気がかりで、気を許せなくなるのではありませんか。

また、並一通りに心変わりした相手を、恨んで、いかにもそうと様子に表して背を向けるのも、やはり、ばかばかしく見えるでしょう。気持ちが変わったところはあっても、初めに愛した気持ちを大事に思うのなら、その点での頼りになる相手として、付き合い続けられるのに、そんなふうに立ち去ると、関係も絶えてしまうものです。

何につけても、穏やかに、不満に思うべきことは、気づいていると、それとなく示し、恨んでもよいことも、嫌な感じにならないように、ほのめかせば、それによって、愛情もいっそう深まるでしょう。たいていは、自分の心も、付き合う相手によって落ち着くでしょう。

あまりに、何もかも許して、見放してしまうのも、気が楽で、かわいらしいようですが、自然と、軽く見られるようになるものです。つながない舟が漂うたとえも、本当に、たよりないものです。そうではありませんか」と言うと、中将は、うなずいた。

「面と向かって、魅力があるとも、愛しいとも気に入る、相手が信頼できないという疑いがあるのは、重大なことでしょう。自分の心に間違いがなく、欠点を見過ごしていけば、直してでも連れ添えばよい、と思いましたが、いや、それも、そうはうまくいかないのでしょう。どちらにしても、食い違うところがあるのを、穏やかに見て、こらえるよりほかに、よいことはなかったのですね」と言った。

自分の妹の姫君は、この品定めの条件に合っていらっしゃる、と思うので、源氏がうとうとして、話に加わらないのを、中将は、物足りなく、おもしろくないと思う。馬頭は、物の品定めの博士になって、得意げに座っている。中将は、この論じる内容を最後まで聞こうと、熱心に、受け答えしておいでだった。

「いろいろなことに、たとえて考えてごらんなさい。木工の職人が、さまざまな物を思いどおりに作り出す時にも、その場限りの遊び道具で、決まった形もない物なら、一風変わって、しゃれた感じのものでも、なるほど、こんなふうにも作れるのだと、時に合わせて、形を変え、今風なところに目を引かれ、おもしろい物もあります。

大事なものとして、本当に格式のある人の持ち物に備える、決まった形式のある品を、難点なく作り上げることにこそ、やはり、本当にその道に秀でた人は、ほかとは違うと、はっきり分かるのです。

また、絵所には名人が多くいますが、墨描きの段階で、選び分けられた後は、優劣の違いが、すぐには見分けられないものです。

けれども、人が見たことのない蓬莱山、荒海の、怒ったような魚の姿、外国の、荒々しい獣の姿、目に見えない鬼の顔などを、恐ろしげに描いたものは、思いのままに描き、ひときわ人の目を驚かせ、実物には似ていないとしても、それでよいのでしょう。

日常、目にする山の姿や、水の流れ、身近な人の住まいの様子を、なるほどと思え、親しみやすく穏やかな感じに、落ち着いて描き合わせ、険しくない山の景色を、木深く、人里離れた趣に、幾重にも描き出し、近くにある垣根の内側には、それにふさわしい気配りや、構成などにこそ、名人は、たいそう格別の力強さがあり、未熟な者には及ばないところが、多いようです。

文字を書く時にも、奥深いところはなくても、あちこちの点画を長くして、さらさらと書き、何となく、気取った感じを出したものは、ちらりと見れば、才気があり、立派に見えますが、やはり、本来の筋道を細やかに書きこなしたものは、表向きの筆さばきに華やかさがないように見えても、もう一度、並べてみると、結局は、実質のある方に心が向くのです。

ちょっとしたことですら、こうなのです。まして人の心で、その時に合わせて、それらしく見せている、見かけの情け深さなどは、信用できまいと、私は思うのです。それを初めて知った事情を、好色な話ですが、申し上げましょう」と言って、馬頭が、近くに座り寄ると、源氏も、お目を覚ましになる。

中将は、すっかりその気になって、頬杖をついて、向かいに座っていらっしゃる。法師が、世の道理を説いて聞かせようとするように、気を配る様子も、一方では、おもしろいのだけれど、こうした機会には、それぞれの内緒話も、隠しておくことは、できないのだった。

底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。