第2帖 帚木 / 第12場面
帰る家と、いなくなった妻
あらすじ・人物・読み方
数日後、みぞれの夜に戻った左馬頭を迎えたのは、整えられた寝具と、妻の不在でした。彼は気持ちを変えずに駆け引きを続け、やがて取り返しのつかない別れを迎えます。
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現代語で読む
臨時祭の楽の稽古があり、夜が更けて、ひどく、みぞれの降る夜、人々が退出する時に、考えてみると、やはり、自分の家へ向かうと思える先は、あの家のほかになかったのです。宮中あたりで、よそ寝するのも、寒々しいでしょうし、気取った相手の所は、何となく寒々しいと思われましたので、
どう思っているのかと、様子を見るついでに、雪を払いながら、帰りまして、少し、みっともなく気が引けましたが、それでも、今夜は、この数日の恨みも解けるだろうと思いましたところ、灯火はほのかに、壁に向けてあり、着慣れた、厚みのある衣などが、大きな伏籠に掛けられ、横になる所の、とばりなども上げてあり、今夜こそは、と、待っていた様子なのです。
やはりそうか、と、いい気になっていましたら、肝心の本人がいません。必要な女房たちだけが残り、親の家へ、今晩、お移りになった、と答えました。優美な歌も詠まず、思わせぶりな手紙もなく、ひたすら家に閉じこもって、取り合おうともしないので、あっけに取られた気持ちになり、
やかましく、何も許さなかったのも、自分を嫌ってほしいという気持ちも、あったのだろうかと、そこまでは、見通せなかったことでしたが、腹立たしさのままに、考えていましたところ、着るはずの衣は、いつもより心を込めた色合いや、仕立てぶりで、たいそう、理想的に整っており、それでも、自分が見捨てて去った後まで、気を配って、私の暮らしを支えていたのです。
それでも、すっかり私を思い切るはずはないと思いまして、あれこれ言いましたところ、返事を拒みもせず、探して困らせようと、隠れもしないで、気取った様子もなく、答えては、ただ、あの時の心のままでは、連れ添ってはいけないでしょう。気持ちを改め、穏やかになったなら、またお会いしましょう、などと言ったのです。
それでも、私を思い切ることはできまいと思いましたので、しばらく、懲らしめようという気持ちで、そのように改めようとも言わず、ひどく、引き合って、強情を張っているうちに、〔妻は〕本当に深く思い悩み、亡くなってしまいましたので、冗談では済まないことだと、思われたのです。
ひたすら、頼みにして暮らす相手という点では、あの人ほどなら、十分だったと思い出されます。ちょっとした遊び事も、本当に大切なことも、相談すると、役に立たないことはなく、〔染め物の腕は〕竜田姫と言っても、ふさわしく、〔裁縫も〕織姫の腕に劣りそうにもなく、そんな面も備えて、何から何まで行き届いていました」と言って、たいそう、しみじみと思い出している。
中将は、「その織姫が、裁ち縫いを少し休めて、長く連れ添えたら、よかったでしょうね。本当に、その竜田姫の錦には、並ぶものはないでしょう。ちょっとした花や紅葉というものでも、その季節の色合いが、不似合いで、立派でなければ、少しも見栄えがせず、露のように消えるものです。それを当てにできない世の中だと、決めつけることもできませんよ」と、ほめ立てるように、言葉を添える。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。