第2帖 帚木 / 第13場面
月の夜に聞いた琴と笛
あらすじ・人物・読み方
左馬頭は、才芸ある別の女性に心を引かれた話を続けます。月の夜に訪れると、同乗した殿上人と女性が音楽と歌を交わし、その華やかさが逆に不信につながります。
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現代語で読む
「さて、もう一人、同じころ通っていた相手は、容姿も優れ、気立ても、本当に風情があると思えるほどで、歌を詠み、手紙をさらさらと書き、琴を弾く爪音や、ものの言い方も、どれも不器用なところはないと、見聞きしていました。
容姿にも、問題がありませんでしたので、あの、やかましい女性の方を、気を許した相手として、時々、隠れて〔もう一人の女性に〕会っている間は、この上なく、心を引かれました。あの〔妻だった〕人が亡くなってからは、どうしようもなく、悲しくても、過ぎたことは取り返しがつかないので、たびたび、こちらへ通い慣れるにつれ、少し、まぶしすぎ、しゃれて、風流を好むところが、気に入らない点もあるように感じ、頼り切ってよい相手とも、思えません。足が遠のいて、たまにしか、会わずにおりますうちに、〔その女性には〕人知れず、思いを交わす人がいたらしいのです。
十月ごろの、月の美しかった夜、宮中から退出しましたところ、ある殿上人と出会い、私の車に同乗しましたので、大納言の家へ、泊まりに行こうとしましたところ、その人が言うには、「今夜、私を待っているだろう家が、妙に気になる」と言い、
この女性の家は、脇へそれるほどでもない道筋でしたので、荒れた築地塀の崩れた所から、池に映る光が見え、月さえ宿る住まいを、通り過ぎるのも気が引けて、車を降りたのです。もともと、そんな思いを交わしていたのでしょうか、この男は、ひどくそわそわと動き、門近くの廊の、簀子のような所に腰を掛け、しばらく、月を眺めます。
菊が、たいそう美しく、色を変えながら咲き、風と競って散り乱れる紅葉なども、しみじみと見えました。〔男は〕懐にあった笛を取り出し、吹いて、「かげもよし」などと、口ずさむうちに、よく響く和琴を、調べ整えてあったので、〔女が〕きちんと弾き合わせた様子は、悪くありませんでした。
律の調べを、女性が、柔らかく弾き鳴らし、簾の内側から聞こえてくるのも、華やかな感じのする楽器の音なので、清く澄んだ月の夜に、似つかわしくありました。男は、たいそうほめて、簾のそばへ歩み寄り、庭の紅葉には、踏み分けた跡もないね、などと、〔訪れる人がいないと〕からかうように言います。
菊を折って、
琴の音も月も、言いようもなくすばらしいこの家ですが、そっけない私を、琴を弾いて引き留めたのですね。
「どうも下手な歌らしい」などと言って、「もう一曲、聴いてほめる人もいる時なのだから、腕前を出し惜しみなさらないで」などと、ひどく戯れかかるので、女性は、たいそう声を整えて、
木枯らしに吹き合わせているらしい、その笛の音を、琴で弾き留め、あなたを引き留める言葉は、私にはありません。
と、優美に歌を交わすので、私が嫌になっていくのにも、気づかず、さらに、箏の琴を盤渉調に調え、今風に弾いた爪音も、才がないわけではありませんが、気恥ずかしい気持ちが、したのです。
ただ時々、語り合う宮仕えの女性などが、どこまでも、しゃれたところを見せるのなら、それはそれで、会っている間は、おもしろいでしょう。時折でも、そんな場所を、忘れない頼りどころと思うには、頼りなく、出過ぎていると、心の隔たりができ、その夜のことを口実にして、通わなくなりました。
この二人のことを、考え合わせますと、若いころの自分の心にさえ、やはり、そんなふうに、表に出した振る舞いは、ひどく妙で、信用できなく感じられました。これから先は、なおさら、そう思うことでしょう。
あなたが、思いのままに折り取れば、こぼれてしまいそうな萩の露、拾えば消えそうに見える、笹の上のあられなどのような、優美で、かよわい、恋めいた様子だけを、おもしろいと、お感じになるのでしょう。今はそうでも、七年ほどたてば、きっと、お分かりになるでしょう。
私からの、つまらぬ忠告として、浮気っぽく、ふざけてみせる女性には、用心なさいませ。うっかり関係を結んだ男性に、愚か者という評判まで立てかねないものです」と、馬頭が戒める。中将は、いつものようにうなずく。源氏は、少しほほ笑み、なるほど、とは、お思いになるようだ。「どちらの話も、格好が悪く、ばつの悪いご体験談ですね」と言って、お笑いになっている。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。