ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第2帖 帚木 / 第14場面

頭中将の昔語り、なでしこの便り

あらすじ・人物・読み方

頭中将は、ひそかに付き合った女性と、その幼い子の話をします。穏やかな女性が何も言わないことに安心している間に、二人を失ってしまったと語ります。

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現代語で読む

中将は、「私は、愚か者の話をしましょう」と言って、ごくひそかに、初めて関係をもった女性が、このまま付き合ってもよさそうな様子でしたので、長く続くものとまでは、思いませんでしたが、親しくなるにつれて、愛しく感じられましたので、途切れず、忘れない相手と思っていました。

それほどになりますと、〔女性も〕私を頼りにする様子が見えました。頼りにするにつれて、恨めしく思うこともあるだろうと、自分でも、思う時がありましたが、気づかない様子で、長い訪問の途絶えにも、こんなにたまにしか来ない人とも思わず、ただ、毎朝毎晩そばにいるような様子で、気の毒でしたから、ずっと頼りにさせるようなことも言っていたものです。親もなく、ひどく心細そうで、それなら、この人こそは頼りにと、何につけても思う様子も、かわいらしかったのです。

こんなふうに、穏やかなのに安心して、長い間、訪ねなかったころ、私が、正式に通っている妻の家の方から、思いやりのない、嫌な言葉を、そのようなつてがあって、それとなく言わせたのでした。それは、後になって聞きました。

そんなつらいことがあろうとは、知らず、心の中では忘れないまま、手紙なども出さず、長く過ごしましたところ、〔女性は〕すっかり、しおれた気持ちになり、心細かったので、幼い子もいましたので、思い悩んで、なでしこの花を折って、よこしたのです」と言い、涙ぐんだ。

「それで、その手紙には、何と」と、源氏がお尋ねになると、「さあ、特別なこともありませんでした。

山里の垣根が荒れていても、折々は情けを掛けてください。なでしこに露を注ぐように、〔この幼い子にも〕心を寄せてください。

思い出すなり、訪ねましたところ、いつものように、裏表もない一方で、たいそう、物思いに沈んだ顔で、荒れた家の、露の深い庭を眺め、虫の声と競うように、泣いている様子が、昔の物語のように、思われました。

咲き交じる花のどれを一番とは、決めませんが、やはり、この常夏のなでしこに並ぶものはありません。

〔私は〕大和なでしこの方は、ひとまず置いて、「まず、塵だけでも払って」などと、親の機嫌を取ろうとしたところ、

この子の塵を払う袖も、涙でぬれています。常夏のなでしこにも、嵐の吹きつける秋が来たのですね。あなたの飽きる時も。

と、弱々しく言って、本気で、恨みをぶつける様子もありません。涙が、こぼれてしまっても、たいそう恥ずかしく、遠慮がちに、紛らわせて隠し、自分が、つらいと気づいていたと、見られるのは、たまらなく、つらいことだと思っていましたので、

〔私は〕気楽にして、また通うのを途絶えさせていましたら、跡形もなく、かき消すように、いなくなってしまいました。まだ生きているなら、頼りない境遇で、さまよっているでしょう。私が、愛しく思っていたころに、うるさいほど、私に心を寄せて付きまとう様子を見せていたなら、こんなに、さすらわせはしなかったでしょう。

ひどく、間をあけることもなく、そういう相手と決めて、長く付き合うことも、できたでしょうに。あのなでしこ〔にたとえた子〕が、かわいらしかったので、何とか探し出そうと思いますが、今も、消息をつかめません。これこそ、あなたがおっしゃった、頼りない例のようです。

〔女性は〕平然としていたので、つらいと思っていたことも知らず、私の愛情が途切れなかったのも、むなしい片思いだったのです。今、ようやく忘れかけているころに、あちらもまた、思い切ることができず、時には、自分の行いのために、胸の焦がれる夕べもあるだろうと、思われるのです。これが、関係を保てそうになく、頼りないということだったのですね。

だから、あの嫉妬深い人も、思い出す面では忘れにくくても、実際に付き合うには、わずらわしく、うまくいかなければ、嫌になることもあるでしょう。琴の音に優れていたという、あの才気も、出過ぎてしまう欠点は、重いでしょう。この〔姿を消すような〕気がかりな点も、心配が増すので、結局、どれがよいとも、決まらなくなってしまうのですね。

世の中は、こんなふうに、それぞれあって、比べるのも難しいのでしょう。この、さまざまな長所だけを集め、難じるべき要素が交じらない人は、どこにいるのでしょう。吉祥天女を、理想に思い描くなら、仏めいて、不思議な感じのするのが、また、困ったものなのでしょう」と言って、皆で、お笑いになった。

底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。