第2帖 帚木 / 第16場面
蒜のにおいと、学問の言い回し
あらすじ・人物・読み方
久しぶりに訪ねた藤式部丞は、薬にした蒜のにおいを理由に、顔を合わせられないと言われます。二人は蒜と昼間を掛けた歌を交わし、聞き手たちは笑いながら話を疑います。
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続きを、話させようとして、「それは、おもしろい女性だったのだね」と、皆が、うまくおだてる。式部丞は、それと分かりながら、鼻のあたりを得意げにして、話し続ける。
「それで、たいそう長く、訪ねなかったのですが、何かのついでに、立ち寄りましたところ、いつもの、気楽に座っている部屋ではなく、じれったい、物を隔てた所で、会ったのです。〔私が来ないのを〕恨んでいるのかと、愚かにも、また、別れるのによい機会だとも思いましたが、
この賢い人は、やはり、軽々しく恨み事を言うはずもなく、世の中の道理をわきまえて、恨みはしませんでした。声も、てきぱきとして、言うには、「このところ、風邪が重いのに耐えられず、熱の強い草の薬を服用し、ひどく、においがするので、お目にかかれません。
直接、顔を合わせなくても、しかるべき用事は、お聞きしましょう」と、たいそう、しみじみと、もっともらしく言いました。返事に、何が言えましょう。ただ、「承知しました」と言って、立って出ましたところ、物足りなく、感じたのでしょうか、「このにおいが消えるころに、お立ち寄りください」と、声高に、言うので、
聞き流すのも、気の毒だし、しばらく、そこに立ち止まるわけにもいきませんし、本当に、そのにおいまで、はっきりと漂ってきたのにも、どうしようもなく、逃げる口実を作って、
蜘蛛の動きも来訪を告げる夕暮れに、「ひるまを過ごして」と言うのは、つじつまが合いません。昼間はもう過ぎたのに、蒜のにおいのする間は待て、というのですか。
「何という言い訳なのか」と、言い終えもしないうちに走って出ましたが、その後を追って、〔女性は歌を返しました。〕
逢うのに、夜の隔てもない親しい間柄なら、昼間でも、蒜のにおいがある間でも、何を恥ずかしがることがありましょう。
さすがに、言い返すのは速いものでした」と、落ち着いて、申し上げるので、公達は、あきれたと思い、「作り話だ」と言って、お笑いになる。
「どこに、そんな女性がいるのか。気を張らずに、鬼と向かい合っていたようなものだろう。気味の悪いことだ」と、指をはじき、「何とも言いようがない」と、式部丞を、からかい、悪く言って、「少しは、よい話をしろ」と、せかすけれど、「これ以上、珍しいことがございましょうか」と言って、話を切り上げた。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。