第2帖 帚木 / 第24場面
突然の訪れに、女は戸惑う
あらすじ・人物・読み方
源氏は中将という女房を呼ぶ声に応じて近づきます。女は突然のことに驚き、人違いだと告げますが、源氏はその戸惑いを押して語りかけ、奥へ連れ出します。
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現代語で読む
上に掛けた衣を押しのけるまでも、女は、呼んでいた人だと思っている。「中将をお呼びになったので。人知れぬ私の思いに、効き目があった気がして」とおっしゃるのを、何が何だか、判断もできず、何か恐ろしいものに襲われた気がして、あっ、とおびえるが、顔に衣が掛かって、声にも出せない。
「唐突で、浅い思いのほどと、ご覧になるでしょう。それも、もっともですが、長い間、思い続けてきた心の中を、お話しして知らせたいのです。このような機会を、待ち得たことも、決して浅い思いではないのだ、とお考えください」
と、たいそう穏やかにおっしゃる。その、鬼神でも、荒々しく応じられそうにないご様子なので、みっともなく、「誰か、こちらへ」と、大声も上げられない。気持ちは一方で、つらく、あってはならないことだ、と思うので、「驚いたことに、人違いでいらっしゃるようです」と言うのも、かすかな声である。
気も消え入りそうに戸惑う様子が、たいそう痛々しく、いじらしげなので、源氏は、心を引かれる、とご覧になって、「間違えようもない、心の導きなのに、思いがけず、とぼけていらっしゃいますね。好色らしい姿では、決して、お目にかかりますまい。思っていることを、少しお話しするのです」
と言って、女がたいそう小柄なので、抱き上げ、障子のもとへお出になる。呼んでいた、中将らしい人が、折よく来たところへ、「ちょっと」と、お声をお掛けになる。変だと思って、手探りで寄って来ると、香りがたいそう満ちて、顔にも燻りかかる気がするので、誰であるか、思い当たった。
驚いて、これは、どういうことなのか、と、わけも分からなくなるが、申し上げようもない。普通の人であれば、荒々しく引き離しもするだろう。それでも、大勢の人が知ったら、どうなるだろう。心も騒いで、後を追って来たけれど、源氏は、まるで動じず、奥の御座所に、お入りになった。
障子を閉めて、「明け方に、お迎えに来なさい」とおっしゃるので、女は、この女房が、どう思っているだろうかということまで、死ぬほど、つらい上に、流れるほど汗をかいて、たいそう苦しそうにしている。
気の毒だけれど、例によって、どこから取り出していらっしゃる言葉なのだろうか、愛情を感じずにいられないほど、情愛深くおっしゃるので、どうしようもないようだけれど、やはり、あまりに思いがけないので、「現実とも思われません。物の数にも入らない身ではありますが、私を、こんなふうに低くご覧になった、お心のほどをも、どうして、浅いとは思わずにいられましょう。
このような身分の者は、身分相応に、と言われるのでございましょう」と言って、こうして強引に、お振る舞いになることを、深く、思いやりがなく、つらいと、思い詰めている様子も、まことに気の毒で、こちらが気後れするほどの様子なので、
「その、身分というものを、まだ思い知りもしない、初めてのことなのですよ。私を、ありふれた人並みに、お考えになるのは、嫌なことです。そのうち、私のことを、お耳になさることもあるでしょう。無理な、
好色心は、まったく、慣れてもいないのに、そうなる定めなのか、まことに、こんなに、お拒みいただくのも、もっともな、この心の迷いを、自分でも、不思議に思うほどです」などと、まじめらしく、いろいろおっしゃるけれど、
たいそう、並ぶもののない、そのお姿の、ますます、気を許して交わられることが、つらいので、そっけなく、気に入らない女と、ご覧に入れるとしても、そうした方面では、どうしようもない女として、済ませてしまおう、と思って、ただ、冷淡に振る舞っている。
生来の、しなやかな人柄に、強い心を、無理に加えているので、しなやかな竹のような気がして、それでも、折ることもできない。本当に、思いどおりにならずつらく、強引なお気持ちを、言いようもない、と、女は思って、泣く様子などは、たいそう痛ましい。
源氏は、気の毒には思うが、逢わなかったら、残念だったろう、とお思いになる。慰められず、つらいと思っているので、〔源氏は〕「どうして、こんなに疎ましいものとお思いになるのか。思いがけない成り行きだからこそ、前世からの縁がある、と、お思いになればよいのに。まるで、世の中も分からないように、ぼんやりしていらっしゃるのは、とても、つらい」と恨み言を言われて、
「こんなに、つらい身の境遇が、まだ定まらない、昔のままの身で、このようなお気持ちを、拝見していたのでしたら、身のほど知らずな、自分勝手の期待で、見直してくださる、後の機会もあるだろうか、と、思って、心を慰めもしたでしょうに、
こんな、はかない、つらい仮寝のありさまを、思いますと、この上なく、どうしてよいか、分からなくなるのです。もう、今となっては、逢ったなどと、言わないでください」と言って、思い込んでいる様子は、本当に、もっともである。並々でなく、お約束になり、慰めておられることは、たくさんあるのだろう。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。