ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第2帖 帚木 / 第4場面

これという女性は見つからない

あらすじ・人物・読み方

頭中将は、手紙や一芸が優れていても、それだけでは人柄は分からないと語り、育ちや日々の振る舞いへ話を広げます。

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「女性で、この人こそはと、欠点を挙げられない人は、本当にめったにいないものだ、と私には分かってきました。ただ、表向きだけの風情で、手紙の走り書きや、その場その場の受け答えの心得があり、ちょっと、そうしたことを、する程度なら、それなりに、まずまずの人も多いと見受けますが、

そもそも、本当にその方面に優れた人を選ぶ時に、必ず選びから漏れないという人は、本当にめったにいません。自分の心得ていることばかりを、それぞれが得意になって、ほかの人を見下すなど、はたで見ていて気恥ずかしいことも多いのです。

親などが付き添って、大事にほめそやして、将来がまだ見えず、深窓にいる間は、ただ一面だけを人づてに聞いて、心を引かれることもあります。顔立ちがかわいらしく、おっとりして、若々しく、ほかに気を取られることのない間、ちょっとした遊びにも、人をまねて熱心になることがあり、自然と、一つくらいは気の利いたことをやり遂げる場合もあります。

その人を見守る周りの人が、劣るところを言い隠し、よさそうなところは、飾って言い立てるので、いや、実際にはそうでもあるまい、と、しだいに確かめると、期待より劣る感じがしないことは、ないのではないでしょうか」と、〔中将が〕嘆息する様子にも、気後れするほどの貫禄がある。源氏自身は、まったくありきたりな立場ではないものの、ご自身にも、思い当たることがおありなのだろうか、かすかにほほ笑んで、「その一面の取りえすらない人も、いるのだろうか」とおっしゃる。

「まったくその程度の女性の所へは、誰が気を引かれて、近づきますでしょうか。取りえがなく残念な部類なのだ、と分かるほどの人と、抜きんでた人とは、同じくらい少ないでしょう。

底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。