第2帖 帚木 / 第8場面
手紙と声の印象、その先の暮らし
あらすじ・人物・読み方
筆跡や声にひかれても、人柄まで分かったことにはなりません。実際に暮らす相手には、外で起きたことを理解し、語り合える心が要ると話します。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
そんなに難しく考えない私にとってさえ、容姿が見苦しくなく、若々しいくらいの女性が、それぞれ、欠点を見せまいと身を慎み、手紙を書くにも、おっとりと言葉を選び、墨の色も淡く、こちらをもどかしくさせながら、もっとはっきり見たいものだと、どうしようもなく待たせ、わずかに声を聞けるくらいに近寄って話しても、声をひそめて、言葉少なくするのは、本当にうまく、素顔を隠しているのです。
柔らかく、女性らしいと見える人は、あまりにも情に引きずられ、見方を変えると、浮気っぽくも見えます。これを、まず最初の欠点とすべきでしょう。
さまざまなことの中でも、おろそかにできない、暮らしを支える役目では、物事の情趣を深くわきまえ、ちょっとした折にも風情を示し、趣ある方面に優れるところがなくても、よいのだろうと思ってみても、今度は、実直さばかりを押し立てて、髪を耳に挟みがちで、気の利かない家刀自が、ただ、すっかり構わぬ様子で家事だけをしていたのでは、
朝夕、出入りする時にも、公の場や私的な場での人の振る舞い、よいこと、悪いことの、目や耳に留まった様子を、親しくない人に、わざわざ話すことがあるでしょうか。身近にいる相手が、聞き分け、理解してくれるなら、その人と語り合いたいと思い、自然とほほ笑み、涙がこみ上げ、あるいは、筋の通らぬ公のことが腹立たしく、自分の心だけでは抱えきれないことも、多いのに、
何のために、この人に話すのかと思うようでは、自然と顔を背け、相手には分からない思い出し笑いをし、しみじみしたことを、つい独り言で言う時に、「何ですか」などと、間の抜けた様子で見上げて座っているのは、どんなに、物足りないことでしょう。ひたすら子どもっぽく素直な相手なら、あれこれ整えながら連れ添えばよいのではないか。不十分でも、直す余地はあるように思うでしょう。
たしかに、顔を合わせているうちは、それでも、かわいらしいところを見て、欠点を許して付き合えるでしょうが、離れている時には、その場にふさわしいことを言い送り、その時々にすることも、遊び事でも、実際の用事でも、自分から考えつくことがなく、深く行き届くところがないのは、たいそう物足りなく、頼りにならないという欠点が、やはり、つらいのではないでしょうか。
ふだんは、少しとげとげして、気に入らない人でも、折によっては、かえって立派に役に立つこともありますね」などと、隅々まで論じながらも、決めかねて、深く、ため息をついた。
底本:北村季吟『湖月抄』延宝元年刊・国立国会図書館所蔵 本別3-1 [2]。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。